3. 赤外式フッ化物光ファイバーセンサーの開発
著者らの開発した中赤外ASE光源は,波長特性とビーム品質に優れている。そのため,フッ化物ガラス光ファイバーを導波路とした赤外センサーへの搭載が有望である。図2の下段に示したように,本光源がカバーする波長域には多くの分子固有の赤外吸収線が存在しているため,様々なガスや液体の検出に対応できる。著者らは,令和3年度より,上記ASE光源を搭載したセンサーデバイスの開発研究をスタートした。
図3に開発した光ファイバーセンサーの概念図を示す。伝送路となるフッ化物(ZBLAN)ガラス光ファイバーの側面を研磨することでセンサー化し,ここで生じた近接場光(エバネッセント光)での赤外吸収センシングを行っている。センサー感度は研磨深さや研磨長に依存する。特に研磨深さは数 μm程度の位置決め精度が必要であるため,レーザー距離計で加工位置をモニタリングすることで,研磨深さを1μmの精度で加工が可能である。特徴として,一切の自由空間素子を用いないインライン型センサーで,センサー部の作製においては光ファイバーに切断・融着等の加工を必要としないことがポイントである2)。センサー部の設計においては,エバネッセント光の浸み出し長を考慮し,理論計算を行った。計算結果をもとに,センサー部周辺の外界に10 μm程度の浸み出し長になるように研磨した。また,フッ化物ガラスは耐水性が低く,液体との接触で容易に失透するが,このことはフッ化物光ファイバーの利用上の大きな課題であった。そこで,著者らは,原子層堆積(ALD)を導入した新たな光ファイバーセンサー保護技術を開発した7)。
試作した光ファイバーセンサーの性能評価のために,開発したASE光源を用いてメタンガス試料の検出試験を試みた。図4に検出試験の装置図と結果を示す。図4(a)のように,ガスセル内に光ファイバーのセンサー部を封止し,ガスセル内にガスを注入した。図4(b)の結果を見ると,波長3.3 μm(波数3000cm-1)近傍にCH伸縮振動の強い吸収ピークが観測され,その前後の波長において振動回転モードの吸収ピークが櫛状に並んでいるのが確認できる。メタンガスの濃度1%と5%について濃度変化に応じて吸収ピーク強度も変化しており,長さがわずか10 mmのセンサーで,濃度1%のメタンガスの検出に成功した。これは世界で初となるインライン型のフッ化物赤外光ファイバーセンサーの実証報告である6)。吸光度の定量評価のためにランベルト・ベールの法則を用いて検証した結果,本ファイバーセンサーで観測される赤外吸収率は,研磨部長さの約0.2倍に相当する自由空間長における吸収量に相当することが明らかとなった。このことから,研磨長さや研磨箇所数で検出感度のスケ ーリングが可能であることが示唆される。今後は,センサーの高感度化と多点計測の検出を実証するために,センサー部や検出器の最適化を進める予定である。高感度化においては,センサー部に金属ナノ粒子などのプラズモン構造を付与することで,表面増強赤外吸収(SEIRA)を誘起し,ppmオーダーの検出感度を目指す。多点計測においては,単一の光ファイバーセンサー導波路上に複数の検出点を設けることで,広範囲のモニタリングや計測の信頼性向上を目指す。今回紹介した広帯域光源を用いてスペクトルを測定する手法のほか,分布帰還型(DFB)の量子カスケードレーザー(QCL)やインターバンドカスケードレーザー(ICL)を光源に採用し,単一チャンネルの赤外光検出器で透過光強度をモニターすることで,より高感度なセンシングが可能になる。
著者らの提案する光源技術やセンサー技術の発展が進むことで,多岐にわたる応用が期待される。例えば,窒素酸化物,硫黄酸化物,炭酸ガス等の温室効果ガスを監視する光ファイバーセンサーが実現すれば,工場施設への敷設に適したデバイスとなる。またスマート農業への利用を指向した植物ホルモンの常時モニタリングシステムへの応用にも期待できる。さらに微量なメタン及びブタン濃度を検量するガス漏れ検知器,シックハウス症候群の原因であるホルムアルデヒドのセンシングへの応用も有力である。特に水蒸気(酸素,水素同位体を含む)や炭化水素は,プラズマ・核融合科学分野において重要なガス種であり,将来の核融合炉における燃料プロセスや監視システムへの応用展開が期待できる。さらには,呼気診断装置や血液検査などの医療分野への応用展開も想定される。例えば,本技術を搭載した赤外光ファイバ ーセンサーを用いて,呼気中の一酸化窒素濃度を高感度でリアルタイムモニタリングすることで,コロナ患者の重症化リスクの迅速な可視化が可能になる。本技術の特徴や産業応用については,今春にJST新技術説明会において発表した。Youtubeに動画がアップロードされているので,興味のある方は,ぜひ参照されたい8)。