医療診断機器開発に向けた超低エネルギー生体非侵襲レーザー加振

図3 共振現象のゲイン線図例
図3 共振現象のゲイン線図例

3. 共振効果によるアイセーフ化L-RFAの実現

アブレーションしきい値以下のレーザーを照射した場合,生体細胞におけるPAIのように,そのエネルギーは熱となって緩和すると共に光音響波として僅かな振動が生じる。しかし,その加振エネルギーは金属製ボルトを加振するには不十分である。そこで,レーザーアブレーションを用いないL-RFAを実現するため,L-RFAは物体の固有振動数を計測していることに着目し,微弱な光音響波を共振効果により増強する着想を得た。この共振現象を用いた加振方式は,音響パルスを用いたコンクリートの内部欠陥検査について報告されている16, 17)

図3に共振現象のゲイン線図の一例を示す。図3のゲイン線図において,横軸の周波数比は強制加振の周波数を共振周波数で除した値であり,1の値を取る時,強制加振の周波数が共振周波数に一致していることを示す。縦軸の強度比はインパルス加振の振動強度を1として,振動強度がどれほど増加するか示したものである。振動減衰のしやすさを示すパラメータの減衰比によって,振動強度の増加量は異なるが,100倍近い振動増強が期待できることが示されている。

図4 レーザー加振方式の概念図と振動時間波形例
図4 レーザー加振方式の概念図と振動時間波形例

レーザー加振方式の概念図と振動時間波形の例を図4に示す。図4(a)は従来手法のレーザーアブレーションを用いた加振によるL-RFAであり,高エネルギーの単パルスを照射することを原理とするシングルショット加振方針である。照射時に強い振動を生じ,時間とともにその振動は収束する。図4(b)は新たに導入する複数の低エネルギーパルスを共振周波数で照射することで,共振効果により振動を得るスイープ加振方式である。

シングルショット加振は,その高い加振エネルギーと,ナノ秒オーダーのレーザーパルス幅に由来する加振時間で得られるインパルス加振により,広い周波数帯域を一様に振動誘起することで照射試料の固有振動数の検出が容易である。

しかし,スイープ加振ではレーザーエネルギーが低いため広帯域の振動誘起は難しく,照射しているレーザー繰り返し周波数の振動のみ強制加振を行う。従って,スイープ加振方式ではレーザーの繰り返し周波数を時間毎に掃引(スイープ)することで,離散的に広帯域加振を行い,照射試料の固有振動数を検出する必要がある。そのため,得られる振動時間波形は各照射時間と対応した繰り返し周波数で強制加振した際の振動強度を反映する。

図5  工業用M6ボルトのスイープ加振方式による単一繰り返し周波数照射時の評価例(a)共振周波数における振動時系列波形(b)共振周波数における振動スペクトル(c)非共振周波数における振動時系列波形(d)非共振周波数における振動スペクトル
図5  工業用M6ボルトのスイープ加振方式による単一繰り返し周波数照射時の評価例(a)共振周波数における振動時系列波形(b)共振周波数における振動スペクトル(c)非共振周波数における振動時系列波形(d)非共振周波数における振動スペクトル

図5にスイープ加振方式のレーザーエネルギーを用いて,M6ボルトのナット締結試料に対して単一の共振周波数および非共振周波数で加振した場合の振動波形およびスペクトルの違いを示す。図5(a)は共振周波数でレーザー光をM6ボルトに照射し,取り付けた加速度センサーで振動を測定した場合の振動時系列波形である。図5(a)の振動波形を高速フーリエ変換(以下,FFT)して振動スペクトル図5(b)が得られる。

単一の低エネルギーレーザーパルスの加振では,シングルショット加振のように幅広い周波数帯域の振動を誘起せず,明確にレーザー繰り返し周波数のみの振動ピークを与える。一方,非共振周波数で加振した場合の振動時系列データを図5(c)に示す。共振周波数で加振した図5(a)と比較して,その振動強度は小さい。図5(c)の波形をFFTした結果が図5(d)であり,そのピークの強度は図5(b)と比較すると,共振効果により約15倍増強されていることが分かった。

このスイープ加振方式により,我々はM6締結ボルトに対し,シングルパルス加振と比較して10-2倍の低レーザーパルスエネルギー化を達成したことを報告している18)。スイープ加振による低エネルギー計測の達成は,共振効果だけではなく,レーザーアブレーションを用いないことでプラズマ発光や破裂音といった電磁ノイズおよび音響ノイズの低減に効果があり,加速度センサーによる振動検出においては10-4倍のノイズレベルの低減が得られている18)

M6ボルトを用いたナット締結体は,JISの規格において適正締結トルクは4.1 Nmである。一方で,整形外科インプラントの椎弓根スクリューの埋入トルクは約2.0 ~3.0 Nm程度であり,比較的やや小さいことから振動が生じやすいと考えられる。

また,照射位置や照射方式の最適化,振動解析アルゴリズムの開発19)により,現在,保護メガネ不要なレーザー出力で整形外科インプラントに対するアイセーフ化L-RFAの目処が立っている。この成果を基に,スイープ加振方式を用いたL-RFAによる整形外科インプラントの設置強度評価の探索的臨床研究に向け,プロトタイプ機に搭載すべくパッケージ試作を進めている。

図6  スイープ加振を用いたL-RFAプロトタイプに向けたレーザーパッケージ試作機1号(a)外観(b)内部構成
図6  スイープ加振を用いたL-RFAプロトタイプに向けたレーザーパッケージ試作機1号(a)外観(b)内部構成

図6に試作当初に制作した第1段のパッケージを例として示す。図6(a)は外観であり,パソコンのマウスより一回り大きい程度のフットプリントサイズとな っている。光ファイバーにより導光できるよう,コネクタを搭載している。各種部品のターミナルとなる筐体は,研究室所有の3Dプリンタで作成した。

図6(b)はパッケ ージ内部であり,TTL信号によるスイッチングで繰り返し周波数が変調可能な波長633 nmのレーザーダイオード(以下,LD)を搭載し,集光レンズによりマルチモードファイバーに入射する単純な構成を取っている。このLDの出力は10 mWであるが,繰り返し周波数の変調および光ファイバーへの結合の各損失により,光ファイバ ーの出力は約3 mWである。

従って,レーザークラス3Rに相当する出力5 mW以下の波長400~700 nmの光であるため,保護メガネ無しでの運用が可能である20)。レーザー出力の抑制は,装置コストの抑制に繋がる。量産品のLDが活用できたことから,ステップ状に周波数を掃引可能なパルスジェネレータを含め10万円以内で加振レーザー部分の構築を達成している。レーザーアブレーシ ョンを活用するシングルショット方式によるL-RFAと比較すると,数十ミリジュール出力のQスイッチ方式のナノ秒パルスレーザー装置と比較して大幅なコストダウンを達成している。

スイープ加振におけるパルスエネルギ ーは,変調周波数によって異なるが,数kHzの周波数変調時において数マイクロジュールである。現在は,この初期型パッケージを基に,よりコンパクトかつ堅牢性高めた構成に改良を行っている。

4. おわりに

本稿では,筆者が挑戦している整形外科インプラント設置強度の術中診断に向けた機器開発のコア技術である,スイープ加振方式によるL-RFAの取り組みについて紹介した。

「生体内であるために荒事は避けたい」,その一方で,「骨に埋め込まれる金属固体を振動させなければならない」と,相反する2つの要望を叶える難しさが,僅かでも共感いただけたなら幸甚である。読者の皆様はお気づきかと思うが,ここに登場する,レーザー,打音検査,共振効果といったキーワードは既に各々が成熟した技術である。筆者自身,スイープ加振を用いたL-RFAは,これらの技術の組み合わせに過ぎないと悲観したことがないと言えば嘘になる。

その一方で,本技術によって今までにない価値を見出すことができ,臨床導出に近づくことが出来たことも事実である。基礎研究,応用研究だけでなく,その先の実用化研究も非常に奥が深く,重要であると考えさせられる。もし,本稿をご覧になり興味を持っていただければ,医療分野に留まらず本技術が貢献できる内容について,ご相談いただける機会を頂戴できれば光栄である。

謝辞

本研究の一部は,AMED医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)(JP20hm0102077h0001)および科研費(JP 20K14684)により実施された。本研究を遂行するにあたり,有益な議論・助言をいただいた慶應義塾大学医学部 名倉武雄特任教授,中島大輔特任助教に深謝いたします。

また,本研究に際し,実験にご協力賜りました工学院大学先進工学部 坂本哲夫教授,森田真人特任助教,趙越研究員(当時,現・豊田工業大学)に感謝いたします。

参考文献
1) K. Maslov, et al. “Optical-resolution photoacoustic microscopy for in vivo imaging of single capillaries”, Opt. Lett., 33 (9), 929 (2008).
2) T. Morisaku and H. Yui, “Laser-induced surface deformation microscope for the study of the dynamic viscoelasticity of plasma membrane in a living cell”, Analyst, 143, 2397 (2018).
3) S. Yashiro et al., “A novel technique for visualizing ultrasonic waves in general solid media by pulsed laser scan”, NDT&E Int., 41, 137 (2008).
4) S. Kurahashi, et al., “Demonstration of 25-Hz-inspection-speed laser remote sensing for internal concrete defects”, J. Appl. Remote Sens., 12 (1) 15009 (2018).
5) K. Mikami et al., “Characterization of laser-induced vibration on concrete surface toward highly efficient laser remote sensing”, Jpn. J. Appl. Phys., 59 (7) 076502 (2020).
6) S. Wakata et al., “Defect detection of concrete in infrastructure based on Rayleigh wave propagation generated by laser-induced plasma shock waves”, Int. J. Mech. Sci., 218 (15) 107039 (2022).
7) A. Milanese, et al., “Modeling and Detection of Joint Loosening using Output-Only Broad-Band Vibration Data”, Struc. Health Monit., 7 (4), 309 (2008).
8) F. Amerini, and M. Meo, “Structural health monitoring of bolted joints using linear and nonlinear acoustic/ultrasound methods”, Struc. Health Monit., 10 (6), 659 (2011).
9) J. J. Meyer, and D. E. Adams, “Theoretical and experimental evidence for using impact modulation to assess bolted joints”, Nonlinear Dyn., 81, 103 (2015).
10) N. Hosoya et al., “Evaluation of the Clamping Force of Bolted Joints Using Local Mode Characteristics of a Bolt Head”, J. Nondestruct. Eval., 37, 75 (2018).
11) I. Kajiwara, et al., “Loose Bolt Detection by High Frequency Vibration Measurement with Non-Contact Laser Excitation”, J. Sys. Design and Dyn., 5 (8), 1559 (2011).
12) F. Huda, et al., “Bolt loosening analysis and diagnosis by non-contact laser excitation vibration tests”, Mech. Sys. Signal Proc., 40, 589 (2013).
13) S. Kikuchi et al., “Laser Resonance Frequency Analysis: A Novel Measurement Approach to Evaluate Acetabular Cup Stability During Surgery”, Sensors, 19 (22), 4876 (2019).
14) D. Nakashima, et al., “Laser resonance frequency analysis of pedicle screw stability: A cadaveric model bone study”, J. Ortho. Res., 39
(11) 2474 (2021).
15) K. Mikami, et al., “Machine Learning-Based Diagnosis in Laser Resonance Frequency Analysis for Implant Stability of Orthopedic Pedicle Screws”, Sensors, 21 (22), 7553 (2021).
16) R. Akamatsu, et al., “Proposal of Non Contact Inspection Method for Concrete Structures Using High-Power Directional Sound Source and Scanning Laser Doppler Vibrometer”, Jpn. J. Appl. Phys., 52, 07HC12 (2013).
17) K. Sugimoto, et al., “Defect-detection algorithm for noncontact acoustic inspection using spectrum entropy”, Jpn. J. Appl. Phys., 54, 07HC05 (2015).
18) K, Mikami, et al., “Highly Sensitive Low-Energy Laser Sensing Based on Sweep Pulse Excitation for Bolt Loosening Diagnosis”, J. Nondestrct. Eval., 40, 12 (2021).
19) K. Mikami, et al., “Machine Learning-Based Diagnosis in Laser Resonance Frequency Analysis for Implant Stability of Orthopedic Pedicle Screws”, Sensors, 21, 7553 (2021).
20) 橋新裕一,“医用レーザー機器の安全基準・ユーザーズガイド”,日本レーザー医学会誌, 40 (2), 144 (2019).

■Non-invasive laser-induced vibration by ultralow energy pulse for development of medical diagnosis system
■Katsuhiro Mikami

■Kindai University, Faculty of Biology-Oriented Science and Technology, Lecturer

ミカミ カツヒロ
所属:近畿大学 生物理工学部 医用工学科 講師

(月刊OPTRONICS 2022年6月号)

このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。
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注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。

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