標準電球100年の歴史に挑む,LEDを用いた標準光源の開発

4. 全方向形標準LED

図4 全方向形標準LED
図4 全方向形標準LED

開発した全方向形標準LEDを図4に示す。全長は142 mmであり,発光部を覆う直径60 mmの球形の拡散ドームとヒートシンクからなる。これらの外観は,市販の電球形LEDランプの全光束測定で使用することを想定し,同程度の大きさとなるよう設計している。電力供給はLEMOコネクタにより行われ,E26口金によりソケットに設置可能な構造となっている。拡散ドーム内の発光部は,内蔵された白金抵抗温度計およびペルチェ素子により温度安定化が可能である。この温度調整機構は,電源と同様にLEMOコネクタから外部の温調機器に接続することで使用できる。

点灯電流120 mA,発光部の温度90℃で点灯したときの順方向電圧は45.5 Vであった。この時の全光束は約90 lmであり,一般電球40形相当の電球形LEDランプの1/5程度である。これは,今回の試作開発では電球形LEDランプ程度の大きさにしたことで放熱部品の大きさに制約が発生し,結果として安定性や寿命を損なわないよう点灯電流を制限したためである。

点灯安定性は,8時間の連続点灯により評価した。光強度の変動は0.01%,分光放射計を用いて測定した各波長の強度の変動は±0.5%以下であった。点灯再現性は1時間の点灯を複数回繰り返すことで評価し,その標準偏差は0.02%以下であった。周囲温度の変化に対する安定性の評価のため,恒温槽を用いて18℃から28℃の温度範囲で点灯した場合の光強度を測定したところ,その変動は0.02%/℃以下であり,標準光源として十分な安定性・再現性を実現できたことを確認した。

さらに,全方向形標準LEDの点灯から光強度の安定に要する時間は15分であった。これらの高い安定性・再現性は,内蔵した温度調整機構(0.002℃制御)により実現されたものである。

図5 全方向形標準LEDと一般的な白色LEDのスペクトルの例
図5 全方向形標準LEDと一般的な白色LEDのスペクトルの例

図5に,全方向形標準LEDと一般的な白色LED照明の相対スペクトルを示す。一般的な白色LEDは,青色LED素子の青色光と,黄色蛍光体の黄色光との混色により白色を作っている。そのため,可視波長域において,短波長側と長波長側で光強度が無いか,非常に弱い。加えて,単一波長の青色LEDのピークや,青色光と黄色光の境目の位置などで,スペクトルの凹凸が鋭くなる傾向がある。

対して,全方向形標準LEDでは,分光全放射束用標準LED9, 11)の開発で得られたスペクトル設計技術を使用することで,この問題を解決している。まず,短波長側では,波長の異なる近紫外~青色の4種類のLEDを励起用LEDとして使用することでピークの幅を広げている。

次に,RGBの3種類の蛍光体を用いることで,励起用LEDのピークとの境目を含めてスペクトルの凹凸や急峻な箇所を減らしている。これにより,可視波長の380 nmから780 nmで十分な光強度を持つ滑らかなスペクトルが実現されている。励起用LEDのピーク強度が比較的強いのは,検出器として使用されるシリコンフォトダイオードやCCDアレイセンサの分光応答度が短波長側で低いために,分光測定におけるS/N比を確保するためであり,意図的に高めて設計した結果である。

全方向形標準LEDおよび全光束標準電球の配光を図6(a)に示す。図6は,配光を極座標で表したものであり,光源を中心として,光源からの各方向における光度を中心からの距離で表している。図中のθ は鉛直角であり,θ =0°は光源の前面,θ = 180°は光源の背面(口金の方向)としている。

図6  (a)全光束標準電球と全方向形標準LEDの配光,および(b)市販の白色LED電球の配光の一例
図6  (a)全光束標準電球と全方向形標準LEDの配光,および(b)市販の白色LED電球の配光の一例

白熱電球である全光束標準電球の配光は,比較的全方向に光が放射されているものの,フィラメント形状を反映した凹凸があることが分かる。一方,全方向形標準LEDの配光は,滑らかであり,側面(θ = 90°)および背面においても十分な光強度を有しており,全方向に光を放射する標準光源として理想的な配光が実現されていることが分

この配光は,図4から分かるドーム形の拡散板に加え,その内部に,光を背面へ導くためのキャップ型の光学系を組み込むことで実現された。全方向形標準LEDのビームの開き(最大値の1/2になる2方向が成す角度)は333°であった。図6(b)に,配光の広い光源として市販されている,ビームの開きが約250°の白色LED電球の配光の例を示す。この配光と比較しても,全方向形標準LEDでは,背面への光強度が確保されていることが分かる。

5. 全方向形標準LEDによる白色LED電球の評価

試作した全方向形標準LEDの標準光源としての妥当性の検証のため,標準光源として全方向形標準LEDを用いた場合と,従来の標準電球を用いた場合での,分光式球形光束計による市販白色LED電球の特性評価を実施した。測定は,産総研が所有する,直径1.65 m の積分球を使用した分光式球形光束計を用いて行った。

市販白色LEDは,配光,スペクトルが異なる5種類を用意し,事前に分光配光測定により分光全放射束および全光束の参照値を付与した。この参照値と,各標準光源を用いた場合の分光式球形光束計による測定値との差を算出し,従来の標準光源と変わらなければ,代替光源として十分有用であることになる。

評価の結果,参照値との差は,標準光源として全方向形標準LEDを用いた場合と,従来の標準電球を用いた場合とで,ほぼ同等であった。一例として,ビームの開き250°の白色LED電球の測定では,全方向形標準LEDを用いた場合の参照値との差は0.49%,従来の標準電球を用いた場合の参照値との差は0.60%であった。このことは,開発した全方向形標準LEDが,標準光源として十分に有用であることを示している。

6. まとめ

今回,長年にわたり培ってきた技術の結集により,可視波長全域および全空間に光が広がる標準光源として,世界初となる全方向形標準LEDの試作開発に成功した。開発した標準LEDは,既存の標準電球を代替する光源として必要となる安定性や,可視波長全域に広がる滑らかなスペクトル,全方向に光が広がる配光などの特性を有している。

一方で,今回の試作品は,放熱特性の制約により,安定性や寿命を考慮して点灯電流を制限する必要があった。現在は光強度改善のために,点灯電流値増加を目指した放熱機構改善を進めている。また,全方向形標準LEDをより精度良く測定するため,産総研における全光束や分光測定方法の高度化も進めている。今後,LED開発技術と計測技術をさらに高めることにより,標準電球の100年の歴史に挑むという目標に挑んでいきたい。

謝辞

本研究は,産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門の神門賢二氏,ならびに日亜化学工業㈱の山路芳紀氏,正住隆行氏,久米伸哉氏との共同研究によって行われました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

参考文献
1) BIPM: Principles governing photometry 2nd Edition, Rapport BIPM-2019/05 (2019).
2) P. Dekker, M. Ali, E. Houtzager, D. Zhao, Y. Zhu, T. Poikonen, A. Klej, F. Stuker, B. Imhof, S. Källberg, Proc. the 29th CIE 2019, 1134 (2019).
3) J. Y. Yan, H. Liu, W. Q. Zhao, Y. Su, L. Jiang, Proc. the 29th CIE 2019, 1274 (2019).
4) CIE S 025/E:2015 Test Method for LED Lamps, LED Luminaires and LED Modules. Vienna: CIE (2015).
5) CIE 84 Measurement of Luminous Flux. Vienna: CIE (1989).
6) K. Godo, K. Niwa, K. Kinoshita, Y. Ichino and T. Zama, Metrologia, 53, 853-9 (2016).
7) CIE 214:2014 Effect of Instrumental Bandpass Function and Measurement Interval on Spectral Quantities, Vienna: CIE (2014).
8) K. Godo, T. Zama, Y. Yamaji, K. Ishida, S. Matuoka, Proc. the CIE 2012, 619 (2012).
9) Y. Nakazawa, K. Godo, K. Niwa, T. Zama, Y. Yamaji and S. Matsuoka, Light. Res. Technol., 51, 6, 870-882 (2019).
10) Y. Nakazawa, K. Godo, K. Niwa, T. Zama, Y. Yamaji and S. Matsuoka, Metrologia, 57, 065024 (2020).
11) 神門賢二,中澤由莉,丹羽一樹,山路芳紀,松岡真也:特許6967835.

■Development of a standard LED: challenge to 100-year history of standard lamps
■Yuri Nakazawa

■Senior Researcher, Photometry and Radiometry Research Group, Research Institute for Physical Measurement, National Metrology Institute of Japan(NMIJ), National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)

ナカザワ ユリ
所属:(国研)産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門 光放射標準研究グループ 主任研究員

(月刊OPTRONICS 2022年5月号)

このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。
月刊OPTRONICS編集部メールアドレス:editor@optronics.co.jp
注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。

同じカテゴリの連載記事

  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日
  • 高出力半導体テラヘルツ信号源とその応用 東京工業大学 鈴木左文 2024年04月09日