4. 偏光ビームステアリングの実証実験
図6は,偏光回折格子を用いたBSの実験光学系である。光源には波長532 nmのNd:YAGレーザーを用いた。偏光回折格子には,厚さ3.5μm,格子周期37μm,波長532 nmでの回折効率が約96~98%のものを用いた。
いずれの偏光回折格子も,2軸異方性を示す光架橋性高分子液晶を用いて研究室にて作製した。なお,2軸異方性を有する偏光回折格子をBSに応用した例は筆者らが知る限り他に例が無い。
また,4枚の偏光回折格子の後段に円検光子を配置した。これは,偏光回折格子の不完全性に起因して生じる不要な回折光を選択的に除去する役割を担っている12)。
なお,4枚の偏光回折格子は各々独立したコアレスモータにマウントし,各々直流電源により独立に回転駆動させた。構築したビームステアリング装置から観測面までの距離は概ね4.7 mとした。
まず初めに,PG1及びPG2のみを回転させた場合のステアリングの軌跡を観測した。この実験において,PG3及びPG4は時間的に回転させずに固定し,PG1及びPG2は時間的に回転させた。結果を図7(a)~(c)に示す。各図の左上は実験結果で,右下はシミュレーション結果である。
実験結果と同様のリサージュ図形が描かれていることが分かる。このことから,周波数と初期の格子ベクトル方位に応じて様々なビーム走査の軌跡を描けることが実証された。
図8(a)はPG1~PG3を時間的に回転させて撮像した走査パターンである。PG3の格子ベクトル方位φ3の回転に伴って,PG1及びPG2の回転で描かれるリサージュパターンが連続的に円運動をしていることが分かる。このことから,偏光回折格子を3枚以上回転させることで,リサージュパターンの中心位置の空間的な移動が可能であることを実証した。
次にラスターパターンに沿ったステアリングの実証実験を行った。本実験では,PG1及びPG2を互いに逆回りに1[deg]毎,PG3及びPG4を互いに逆回りに20[deg]毎回転させた。また,PG1とPG2の初期の格子ベクトル方位をφ1=φ2=0[deg],PG3とPG4の初期の格子ベクトル方位をφ3=φ4= 90[deg]とした。
図8(b)はこれらの回転角ごとに撮像した画像を合成したものであり,ラスターパターンが描画されていることが分かる。したがって,4枚の偏光回折格子を用いてラスターパターンを描画できることを実証できた。
また,ラスターパターンの描画時における回折光の回折効率と楕円率の変動について調べた結果を図9に示す。図9中央のグラフから,回折効率は偏光回折格子の回転に伴って僅かに変動しているが,その範囲は6%程度に収まっていることが分かる。
また,図9右のグラフから,ステアリング光の楕円率は偏光回折格子の回転中において93%以上を保っている。これらの結果は,高い光利用効率と楕円率を保ったままビームをステアリングできることを意味している。
一般に,1枚目の偏光回折格子を透過した光は回折により斜めに伝播するため,2枚目以降の偏光回折格子には斜めに入射する。通常,偏光回折格子のリタデーションは垂直入射に対して最適化されているため,斜め入射に対しては理想的な特性からの乖離が生じ,ステアリング光の回折効率及び楕円率は偏光回折格子の回転に伴って変動することが推測される。
しかし筆者の液晶偏光回折格子は,垂直入射時と斜め入射時における見掛けの複屈折の差異を,屈折率の2軸異方性により補正できるという特徴を持つ8, 9)。即ち,図9に示すようなステアリング光の回折効率と楕円率の変動の抑制は,2軸異方性の効果が寄与する部分は大きい。
ステアリング時における光強度の変動や楕円率の変動は,応用上の問題と成り得るため,2軸異方性を有する偏光回折格子は,偏光回折格子を用いたBS方式の実用化を促進する鍵となると期待できる。今後は,より入射角依存性の小さい2軸異方性偏光回折格子を設計・試作するとともに,BSにおける性能評価を行っていく予定である。