5. ガス光学素子の応用へ向けて
オゾンガス回折格子やガスレンズは,すでに述べたように高耐力性(1.6 kJ/cm2),高回折効率(96%),安定性(±4%@96%),高波面品質(〜λ/10)が達成され,性能的には実用に十分なレベルのものが完成してきている。では将来的にどのような利用が考えられるかと言えば,単純な既存の高強度レーザーシステムでの回折格子やレンズの置き換えのみには留まらない。
例えば,気体が固体に比較して超低損失であるという特徴を生かす手がある。エンハンスメントキャビティという,共振器の中にレーザーパルスを溜め込み,増強したところで共振器内に置かれたスイッチで外にレーザーパルスを取り出す技術があるが,この手法は原理的には共振器を構成するミラーの損傷閾値まで中のパルスを増強させることができる。すでに200 fsパルス幅で平均18 kW,2 psで72 kWなど,共振器内での光の溜め込みが可能であることが示されているが7),残念ながら,パルスをスイッチして取り出す音響光学素子の損失や,物理的な損傷の問題から効率的な光の取り出しができていない。
しかし,ガスの光学素子の場合は固体素子のような損失や損傷を考慮する必要がない。共振器内部で増強されたパルスを取り出すタイミングで過渡的なオゾン光学素子を生成し,回折させて取り出せばよく,新たな高強度レーザー生成手法としても期待ができる。また例えば,ガスレンズを高速度撮影・多点焦点撮影などのイメージングに応用し,まったく新しい概念のカメラを開発しようとする提案も行っている。
Society 5.0などで言われているように,次世代には多点焦点撮影やステレオ機能などの3D情報を得る“カメラ”が,マン−マシンインターフェースとして必要とされてきている。一方で,マイクロ秒を超えナノ秒現象の撮影となると,70年以上前に開発されたフレーミングカメラやストリークカメラといった技術が現在でも使用されている。このガスレンズは,そのような高速フレーミング撮影技術に対して新しいアプローチができる可能性がある。より高強度レーザーや超短パルスレーザーシステム応用に向けては,真空内環境でのガス光学素子の生成や,高スペクトル帯域対応ガス素子開発も行っており,JST未来社会創造事業では次世代の量子ビーム加速器8)の一部に組み込まれることが期待されている。
6. おわりに
ここで紹介した中性ガス媒質の光学素子の研究が始まったときにはアイディアこそ面白がってもらえたものの,回折効率などの品質が安定しなかったために単なる物理学的な興味の範疇にしかなく,実用はまだまだという反応も多かった。その意味で本誌の“研究者の挑戦”という言葉はぴったりで,しかし最近はようやく著者自身でも“こうすればうまくいく”というのわかってきたので,ここで紹介したような応用への期待も向けられるようになってきたように思う。本誌をご覧になっているレーザー関連,光学素子,光関連企業の方のなかで,ガス光学素子の試験導入の要望や,製品化に興味がある,レーザーのデブリで困っているなど,何かご意見・ご希望がありましたら是非ご相談ください。
2) Irving J, et al. Appl. Phys. Lett. 49, 989 (1986)
3) S. Suntsov, et al. Appl. Phys. Lett., 94, 251104 (2009)
4) Kenneth O. Hill and Gerald Meltz, Journal of Lightwave Tech., 15, 8 (1997)
5) Yurina Michine and Hitoki Yoneda, Communications Physics, 3, 24 (2020)
6) 米田仁紀,道根百合奈,特願2019-237955
7) I. Pupeza et al., Opt. Lett., 35, 12 (2010)
8) https://lpa.jasri.jp/ (JST未来社会創造事業 レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証)
■Specially Appointed Assistant Professor, Institute for Laser Science, University of Electro-Communications
(月刊OPTRONICS 2021年11月号)
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