3. 粉末光触媒材料のみから成る水分解用タンデム型光電気化学セルの構築
半透明STO / TNS / ITO光アノードをトップセル,光触媒粉末から成る光カソードをボトムセルとして配線で短絡させることで,水分解用のタンデム型光電気化学セルを構築した(図5(a))。
光カソードとして用いたCu2Sn0.38Ge0.62S3M (CTGS)粉末は,水からの光触媒的・光電気化学的な水素生成反応を駆動可能であることを,最近筆者らが初めて報告した材料である15)。
タンデムセル構築時には,ボトムセルへの光の回り込みを防ぐために,トップセルの外周部をマスキングしている。
タンデムセルの実証の前に,トップセル,及びトップセルの下に配置されたボトムセルの電流-電位特性を個別に評価した(図5(b))。還元電流は本来負の符号で記述するが,光アノードとの比較のしやすさのために符号を逆転してプロットしてある。
STO / TNS / ITOの下に配置されたCTGS光カソードは,トップセルの低い正透過率のために大幅に光電流値が低下したものの,疑似太陽光照射下で還元的な光電流値を示した。STO / TNS / ITOの透過光を利用して,水素還元反応を駆動していることを示している。
光アノードと光カソードの電流-電位曲線は,0.2 VRHE付近で交わっている。これは,それぞれ同じ電極電位において酸化及び還元反応を駆動可能であること,すなわち両電極を短絡させたタンデムセルがノンバイアスで水分解反応を駆動可能であることを示唆している16)。半透明STO / TNS / ITO光アノードとCTGS粉末光カソードから成るタンデムセルは,ノンバイアスで,疑似太陽光照射下で自発的な水分解に起因する光電流を示した(図5(c))。
この時の水分解反応のファラデー効率はほぼ100%であり,太陽光-水素変換効率は0.055%であった。変換効率には向上の余地が残るが,ノンバイアスで光電気化学的な水分解反応を駆動可能であり,ト ップ・ボトムセル共に粉末材料から成るタンデムセルは,世界初である。電極構造の改善や可視光応答材料から成る半透明粉末光アノードの開発による変換効率の更なる向上に加え,より複合的なデバイスデザインへと発展させていきたい。
4. おわりに
本稿では,筆者らが最近挑戦している,光触媒粉末材料から半透明光アノードを作製する新たなデバイスデザインのアプローチについて紹介した。これまで光触媒研究の分野では,「太陽光エネルギー固定化の効率向上」を目指したいわゆる「材料開発」が研究のトレンドであ ったが,今後人工光合成の実用展開を志向した際には,「システム全体の省プロセス化」や「複数プロセスを経た上でのシステム全体の高効率化」に資するデバイス設計が不可欠になってくると思われる。
例えば,最近水素生成用光触媒と酸素生成用光触媒を導電層上に固定化した「光触媒シート」が,比較的高効率に水の全分解反応を駆動可能であることが報告されている8)。水(反応物)と太陽光さえあればソーラー水素製造を実現可能なスタンドアローンデバイスは,配線等の付帯設備費・維持管理費の低減に寄与しつつ大規模展開にも寄与し得る有望なデバイスコンセプトと言える。
他のコンセプトとして,酸化物光アノードとイオン交換膜から成る「膜-光電極接合体」を用いた気相水分解も報告されている17)。隔膜を構成要素に含むため,生成ガスの分離プロセスが不要となる。また,反応物として水蒸気を供給するため,例えばボイルした海水の直接利用などに応用すれば,反応物の精製プロセスの簡略化や,洋上での人工光合成プラント展開などにも資すると期待できる。
本稿で紹介した光触媒粉末からの半透明光アノード作製手法をベースとし,タンデム構造化・受光部面積の節約といった観点から,より高機能な人工光合成デバイス設計へと貢献していきたい。
謝辞
本研究の一部はJSPS科研費若手研究(19K15675),及び公益信託ENEOS水素基金により行われた。本研究を遂行するにあたり,研究室主宰者である錦織広昌教授(信州大学工学部物質化学科)及び所属学生の皆さんに多くのご協力を頂いた。ここに記して深く感謝申し上げる。
2) Y. Goto, T. Minegishi, Y. Kageshima, T. Higashi, H. Kaneko, Y. Kuang, M. Nakabayashi, N. Shibata, H. Ishihara, T. Hayashi, A. Kudo, T. Yamada and K. Domen, J. Mater. Chem. A 5, 21242 (2017).
3) T. Higashi, Y. Shinohara, A. Ohnishi, J. Liu, K. Ueda, S. Okamura, T. Hisatomi, M. Katayama, H. Nishiyama, T. Yamada, T. Minegishi and
K. Domen, ChemPhotoChem 1, 167 (2017).
4) M. S. Prévot and K. Sivula, J. Phys. Chem. C 117, 17879 (2013).
5) T. W. Kim and K. S. Choi, Science 343, 990 (2014).
6) J. W. Jang, C. Du, Y. Ye, Y. Lin, X. Yao, J. Thorne, E. Liu, G. McMahon, J. Zhu, A. Javey, J. Guo and D. Wang, Nat. Comm. 6, 7447 (2015).
7) T. Higashi, H. Nishiyama, Y. Suzuki, Y. Sasaki, T. Hisatomi, M. Katayama, T. Minegishi, K. Seki, T. Yamada and K. Domen, Angew. Chem. Int. Ed. 58, 2300 (2019).
8) Q. Wang, T. Hisatomi, Q. Jia, H. Tokudome, M. Zhong, C. Wang, Z. Pan, T. Takata, M. Nakabayashi, N. Shibata, Y. Li, I. D. Sharp, A. Kudo, T. Yamada and K. Domen, Nat. Mater. 15, 611 (2016).
9) A. Iwase, H. Ito, Q. Jia and A. Kudo, Chem. Lett. 45, 152 (2016).
10) M. Higashi, K. Domen and R. Abe, J. Am. Chem. Soc. 134, 6968 (2012).
11) T. Minegishi, N. Nishimura, J. Kubota and K. Domen, Chem. Sci. 4, 1120 (2013).
12) B. Zhang, Y. Xiang, M. Guo, J. Wang, K. Liu, W. Lin and G. Ma, ACS Appl. Energy Mater. 4, 4259 (2021).
13) T. Sasaki, Y. Komatsu and Y. Fujiki, J. Chem. Soc., Chem. Commun. 817 (1991).
14) Y. Kageshima, H. Momose, F. Takagi, S. Fujisawa, T. Yamada, K. Teshima, K. Domen and H. Nishikiori, Sustainable Energy Fuels, DOI:10.1039/D1SE00914A (2021).
15) Y. Kageshima, S. Shiga, T. Ode, F. Takagi, H. Shiiba, M. T. Htay, Y. Hashimoto, K. Teshima, K. Domen and H. Nishikiori, J. Am. Chem. Soc. 143, 5698 (2021).
16) A. Song, P. Bogdanoff, A. Esau, I. Y. Ahmet, I. Levine, T. Dittrich, T. Unold, R. van de Krol and S. P. Berglund, ACS Appl. Mater. Interfaces 12, 13959 (2020).
17) F. Amano, H. Mukohara, H. Sato, C. Tateishi, H. Sato and T. Sugimoto, Sustainable Energy Fuels 4, 1443 (2020).
■Assistant Professor, Department of Materials Chemistry, Faculty of Engineering, Shinshu University
(月刊OPTRONICS 2021年9月号)
このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。 月刊OPTRONICS編集部メールアドレス:editor@optronics.co.jp 注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。
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