一方で大きなkpを得るためにS2–S0遷移のµS2–S0を大きくすることは可能である。µS2–S0を増大させるためには,理論的にはS2–S0遷移に関係する2つの軌道の重なりを大きくするとともに重なっている部分の距離を大きくすることが必要となる。分子1のS2–S0遷移にはLUMO+1とHOMOが関係しており,その軌道間に十分な重なりがあるが距離が短い(図7(b)の上図の①)。
一方で分子2では同様にS2–S0遷移にはLUMO+1とHOMOが関係しているが,りん光アンテナを伸ばした関係でLUMO+1とHOMOの重なっている部分の距離が長くなる(図7(b)の下図の①)。それゆえ,分子2ではµS2–S0が大きく増加しkpが非常に大きくなる。またりん光アンテナの拡張に伴うµS2–S0の増加に伴い,SOCSm–T1が低下してしまう場合はkpの増加が得られにくくなるが,そのような際立った低下は算出されない(図7(b)の②)。さらに重要なのは,分子1から分子2ではkpの大きな増加に対してknrの増加が生じない。このようにS2やSmが関係する電子状態を制御することで,knrを増加させることなく,kpのみを増加させることが可能となる。
このりん光アンテナの拡張に伴うSmに関与する電子構造の制御は,他のりん光センターにおいても適用可能である。りん光センターの骨格を変化させると,大きなΦpと長いτpを維持しつつりん光の色を変化させることができることが確認されている5)。Smに関係する電子構造をより精密に設計することで,さまざまな色や骨格を有する化合物から高効率の蓄光型室温りん光の抽出が期待される。このような分子は,高解像の蓄光イメージングを行う上での有望な色素となっていくと考えられる。
4. さいごに
本稿では高輝度の蓄光を瞬間的に示す室温りん光分子の研究について紹介した。従来の蓄光体は,励起光強度を増加させても輝度の増加が飽和するため暗闇用途に限定されていた。また,放射線体や蓄光体は周囲の発光不純物などに依存しない医療イメージング技術に活用されているが,放射光の輝度が弱いため,対象物が数mm以上ないと検出ができない問題があり,しばしば蛍光イメージングの利点となっている高解像という優位性を失っていた。
本紹介の高輝度の蓄光型の室温りん光体は,回折限界に迫る解像度で周囲の蛍光不純物に依存しないイメージングが可能であり,既存の放射線や蓄光イメージングの弱点を克服できる可能性がある。高効率の蓄光型室温りん光を可能にするかの分子設計指針がわかってきているため,その点をより明確にすることに力をいれつつ,高輝度蓄光型室温りん光体の応用に向けた研究をさまざまな角度から進めていきたいと考えている。
2)S . Hirata, K. Totani, J. Zhang, T. Yamashita, H. Kaji, S. R. Marder, T. Watanabe, C. Adachi, Efficient Persistent Room Temperature Phosphorescence from Organic Amorphous Materials in Ambient Condition. Adv. Funct. Mater. 23, 3386-3397 (2013).
3) S. Hirata, Recent Advances in Materials with Room Temperature Phosphorescence: Photophysics for Triplet Exciton Stabilization. Adv. Opt. Mater. 5, 1700116 (2017).
4)W . Zhao, Z. He, B. Z. Tang, Room-Temperature Phosphorescence from Organic Aggregates. Nat. Rev. Mater. doi.org/10.1038/s41578020-0223-z.
5)I . Bhattacharjee, S. Hirata, Highly Efficient Persistent RoomTemperature Phosphorescence from Heavy Atom-Free Molecules Triggered by Hidden Long Phosphorescent Antenna. Adv. Mater. 32, 2001348 (2020).
6)M . Louis, H. Thomas, M. Gmelch, F. Fries, A. Haft, J. Lindenthal, S. Reineke, Biluminescence Under Ambient Conditions: Water–Soluble Organic Emitter in High–Oxygen–Barrier Polymer. Adv. Opt. Mater. 8, 2000427 (2020).
7) S. Hirata, Intrinsic Analysis of Radiative and Room–Temperature Nonradiative Processes Based on Triplet State Intramolecular Vibrations of Heavy Atom-Free Conjugated Molecules Toward Efficient Persistent Room Temperature Phosphorescence. J. Phys. Chem. Lett. 9, 4251-4259 (2018).
■The University of Electro-Communications, Department of Engineering Science, Assistant Professor
(月刊OPTRONICS 2020年11月号)
このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。 月刊OPTRONICS編集部メールアドレス:editor@optronics.co.jp 注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。
同じカテゴリの連載記事
-
光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 2024年11月10日
-
こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 2024年10月10日
-
光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 2024年09月10日
-
関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 2024年08月12日
-
熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 2024年07月10日
-
組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 2024年06月10日
-
8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 2024年05月07日
-
高出力半導体テラヘルツ信号源とその応用 2024年04月09日
展示会情報
InterOpto 2024 -光とレーザーの科学技術フェア-
OPIE ’25
OPK2025
転職情報
オプトキャリア