1. はじめに
励起光照射停止後にも目視可能な遅延発光(蓄光)は非常時の表示体用途に活用されている1)。蓄光材料として希土類金属を含む酸化物半導体が古くから知られているが,この数年重原子を含まない分子からの室温りん光を用いた蓄光機能が数多く報告されてきている2~4)。
このような室温りん光型の蓄光機能は,従来の蓄光体と比較して蓄光放射の時間は短いが高輝度を示す特徴を有する。既存の蓄光体は輝度が弱いため高解像のイメージングに活用できなかったが,室温りん光型の蓄光機能を用いると自家蛍光に依存することなしに高解像イメージングが可能となる。
本稿では,室温りん光型の蓄光機能に関する最新の研究動向について紹介する。
2. 長寿命室温りん光型の蓄光の潜在的技術開拓領域
実用化されている希土類金属を含む酸化物半導体からなる蓄光体では,励起状態形成後(図1の①)にドープされた金属由来の準位に電荷がトラップされる(図1の②)。その後,室温の熱エネルギーで電荷が再度半導体の電導準位に励起され(図1の③),その後放射される遅延発光が蓄光として観測される(図1の④)。
一方で分子由来の室温りん光型の蓄光では,分子が光を吸収して最低一重項励起状態(S1)が形成された後に(図1(b)の①),電子スピンが反転する項間交差が生じ,最低励起三重項状態(T1)が形成される(図1(b)の②)。このT1から基底状態(S0)の電子遷移は大きなエネルギー差の間のスピン反転を伴う過程となるため速度が遅く,条件が整えば励起光照射停止後に数秒間かけてりん光が蓄光として放射される(図1(b)の③)。
図2(a)は電子トラップ型蓄光と室温りん光型蓄光の励起光照射停止後の蓄光の特徴の違いである。電子トラップ型蓄光の代表的な材料であるユーロピウムイオンとジスプロシウムイオンがドープされたAl2O4(Eu2++Dy3+:Al2O4)では,蓄光強度と励起光照射停止後の時間の両対数プロットにおいて,直線的に長く蓄光が残る成分が存在する。
一方で室温りん光型の蓄光は,指数関数的な輝度の減衰となるため,両対数プロットでは初期減衰は少ないがその後急激に減衰するという特徴がある。電子トラップ型蓄光では長い成分の時間は1時間に達するものが存在するが,初期の蓄光の輝度が弱いという特徴がある。このような弱いが長く発光が残るという特徴は,室内や夜間に突然停電した際の視認印用材料に適しているため,電子トラップ型蓄光材料は非常灯の表示部位などに応用されている。
一方で室温りん光型蓄光は,励起光照射停止後10秒程度で蓄光を放射しなくなるため,既存の非常灯などの用途には活用できない。しかし,初期減衰が少ないため励起光照射停止直後の数秒間は輝度が強いという既存の電子トラップ型蓄光体にはない特徴がある。さらに,その励起光照射停止直後の数秒間の蓄光輝度は,励起光を強めていくと既存の蓄光体と比較して大きく増加していく(図2(b))。
一方で電子トラップ型蓄光は励起光を増加させていくと蓄光輝度が大きく飽和していくため,高輝度を得ることができないという問題があった5)。