可変メタサーフェスを利用した光位相変調素子

1. はじめに

波長よりも小さな単位構造からなるメタマテリアルは,構造に依存した屈折率を人為的に設計できる。負の屈折率などの自然界には存在しない屈折率が実現できるなどの特徴を持つ。しかし,光の周波数帯におけるメタマテリアルは,サブ波長3次元微細加工の困難さという問題を抱えており,近年は2次元的なメタマテリアルであるメタサーフェスの分野に注目が集まっている。

メタサーフェスは,基板上にサブ波長スケールの単位構造を配列した素子である。単位構造によって光波に位相遅延を与えたり,配列分布の工夫によって波面を制御したりすることができる。リソグラフィ技術との親和性の高さから製作が比較的容易であり,レンズ・偏光素子からホログラフィまで幅広い応用研究が進展しており,可視光から近赤外光で動作する様々な素子が作成されている1〜5)

メタサーフェスの光学特性は構造由来であるため,通常は,いったん作ってしまうとその光学特性は固定されてしまう。メタサーフェスの光学特性を動的に変調したり,スイッチングしたりすることができれば,新たな応用につながることが期待できる。これまでに提案されてきた変調方式として,電気光学効果6),磁気光学効果7),光制御8, 9),相変化10, 11),液晶12),光熱効果13)などが挙げられる。

近年,これらに加えて,マイクロ・ナノ電気機械システム(MEMS/NEMS)のアクチュエータとメタサーフェスを集積化することで,メタサーフェスに機械的変形を加え,光学特性を変調させる方式が注目されており,研究が活発化している14〜17)

光学素子とアクチュエータを組み合わせる研究は,フォトニック結晶などで行われてきた18)。メタマテリアルにおいても,比較的長波長であるマイクロ波やTHz領域では多くの報告がある19〜22)。近赤外光や可視光では波長の短いため製造が比較的困難であるが,近年の微細加工技術の発展により研究が進展し,2011年のSouthampton Univ.のZheludevらの報告23)以来研究が急増している。熱アクチュエータや静電アクチュエータ,ローレンツ力アクチュエータといった機械的な素子と,メタサーフェスとを集積化することで,近赤外から可視・近紫外にいたる幅広い波長域で光学特性の変調が実現されており,応用先として透過率変調器23, 24),カラーフィルタ25〜27, 30〜32),可変レンズ28, 29),プラズモン励起変調30),光位相変調器31〜33)などが製作されている。

本稿では,金属グレーティング型メタサーフェスを利用した複屈折位相変調素子について,我々の研究例を紹介する。

2. 金属グレーティングによる可変複屈折

ワイヤグリッド偏光子(WGP)は,金属の1次元グレーティング構造を利用した光学素子の代表といえる。ワイヤに平行な方向の偏光をTE偏光,垂直な方向をTM定義と定義すると,ワイヤ間のスリットの幅が波長の1/2以下の場合には,TM偏光は透過するもののTE偏光に対してはカットオフとなるため,偏光子として動作できる。

図1 複屈折可変メタサーフェス
図1 複屈折可変メタサーフェス

ワイヤ間のスリット幅が波長の1/2よりも大きいグレーティングにおいては,TE偏光・TM偏光の両者が透過しうる。このとき,グレーティングが巨大複屈折性を示し,両方向の偏光間に大きな位相差が生じることが知られている34)。TM偏光に対しては波数が大きくなり位相が遅れるが,TE偏光に対しては波数が小さくなるため位相が進む。この逆方向の位相変化が巨大複屈折の起源であり,可視光域においてサブ波長の厚さで1/2波長(180度)を超える大きな位相差を実現できる35, 36)。我々は,可視光で複屈折性を示す金ナノグレーティングと静電アクチュエータを集積化することで,複屈折性が変化するメタサーフェスを開発することを試みた。図1に製作した複屈折可変メタサーフェスの概念図を示す。

中央部に長さlgのグレーティング構造が形成されている。グレーティングを構成するAu梁は1本おきにSi膜を通して石英ガラス基板上に固定されており,他の梁はAu自立膜に懸架された構造となっている。グレーティングの上に透明電極を設置してグレーティングとの間に電圧を印加すると,静電引力によってAu自立膜が上方へ変位する。これによりグレーティングの断面形状が図1フキダシのように変化する。結果として,グレーティングを透過するTE,TM偏光間に生じる位相差が変化する。

いま,グレーティング厚さをt,周期をp,スリット幅をw1として,電圧非印加時の偏光間の位相差がΔ1w1t)で書き表せるとする。ここで駆動梁に変位dが生じた場合,変位している部分はスリット幅w2をもつ広いグレーティングとみなせるので,構造の正味の位相差はΔnet1w1td)+2Δ2w2t)で見積もることができる。可変範囲は寸法,とくにw1の値により大きく変化するが,w1を十分狭く作ることができれば180度の可変も可能である。

同じカテゴリの連載記事

  • 竹のチカラで紫外線による健康被害を防ぐ 鹿児島大学 加治屋勝子 2024年12月10日
  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日