1. はじめに
生命科学分野の発展に伴い,レーザ顕微鏡やバイオセンサ等の高分解能化や高感度化を実現するため,さまざまなアプローチで,微小な光場を形成する手法が提案されている。光の波長(λ)とレンズの開口数(NA)で決まるAbbeの回折限界(=0.6λ/NA)に対して,最もシンプルなものは,光の短波長化や,油浸や固体浸レンズの利用である。近年では,近接場顕微鏡における微小開口から染みだした光と物体による散乱の利用や,光と金属の相互作用:表面プラズモンの利用,STED(Stimulated emission depletion(誘導放出制御))顕微鏡に見られるドーナッツビームの利用などが挙げられる。このような回折限界などの従来の光の限界を超える技術において,光の形状(強度分布)や偏光,位相の制御は,世界共通の関心事である。
一方,光源の圧倒的な小型化を導く半導体レーザによる空間的な偏光・位相分布の制御は,半導体端面での反射鏡を利用する素子構造上,不可能であった。これに対して,我々はフォトニック結晶の大面積共振効果を用いたフォトニック結晶レーザを用いて,出射ビームの空間的な偏光・位相分布およびビーム形状の制御に取り組んできた。本稿では,まず,空間的な偏光分布を有するドーナッツビームのうち,長焦点深度・微小集光などの新奇集光特性を可能にする径偏光ビームを紹介する。その後,径偏光ビームを1 mm角以下の単一素子で発生するフォトニック結晶レーザについて紹介する。
2. 径偏光ビームの新奇集光特性
径偏光ビームは,図1に示すように,ビーム断面内で,偏光がビーム中心から半径の方向に放射状に揃ったビームである。ビームの中心は,偏光の特異点となり,ドーナッツ形状の強度分布となる。開口数(NA)の高いレンズで集光されると,ビーム進行(z)方向に偏光した成分が,強め合いの干渉条件を満たすため,光軸上にz方向に偏光した電界強度を形成できる。このようなビーム進行方向に偏光した光は,光軸上に設置した金属ナノ構造との相互作用により,表面プラズモンモードを効率よく誘引することが可能である1, 2)。
さらに,図2(a)に示すようなドーナッツビームにおいて内側の暗部の大きい,狭リング形状にすると,z方向に偏光した成分のみを選択的に集光することができ,図2(b)に示すように,0.4λ(=0.36λ/NA)とAbbeの回折限界よりも小さな集光点を形成することができる。また同時に,焦点近傍の位相整合条件を制御することが出来るため,焦点深度を深くすることもできる3)。通常,光を高開口数のレンズで集光した場合,焦点深度が浅くなることは,光学顕微鏡を使って,高倍率のレンズで小さなものを観察しようとしたときに,ピント合わせにレボルバーを慎重に動かす必要があることから実感することができる。しかし,径偏光ビームにおいては,微小集光を実現すると同時に,長焦点深度を実現することが可能である。