分子の自己組織化を用いた機能性色素の創製と発光性センサー材料の開発

2. 分子の自己組織化を用いた新しい機能性色素の創製

多成分結晶とは複数の有機化合物からなる結晶の事を指し,単一成分の結晶に比べ,より多様な物性や機能を示す。例えば医薬品原薬の物性を改善するための方法として,水和物,溶媒和物,塩の調製により溶解性や水和安定性の向上が報告されている。結晶化条件の違いによる分子集積構造の違い(結晶多形)も生じ,顕著な物性の違いが観測されることも多い。これらは機能性色素の開発研究に関しても共通する。結晶工学(クリスタルエンジニアリング)の観点では,有機化合物の分子骨格中に様々な分子間相互作用部位(水素結合,CH/n相互作用,CH/π相互作用,電荷移動相互作用,イオン結合,ハロゲン結合等の分子間相互作用)を導入することで,異なる種類の分子を複合化し積層するアプローチが取られる3)

しかし前述のように,一般に有機化合物は複雑な形状を有するため,思い通りに並べることは困難である。筆者らは,複数成分の有機化合物を混ぜ合わせる方法論として,包接現象に着目した4, 5)。包接現象とは,異種のA成分とB成分が混合するときに,A成分(ホスト)がB成分(ゲスト)を取り囲む現象であり,医薬品等では水和物・溶媒和物に該当するものである。本研究では,ナノ空間を持つホストにゲストを取り囲む現象を利用した機能性色素の創製法について述べる。また応用として,外部の圧力に応答して発光色変化を示す圧力センサー,有機小分子の蒸気に応答して光る有機化合物センサーへの適用例を紹介する(図1)。

図1 研究概念図。
図1 研究概念図。

図1に示すような箱形のホストを合成するのは必ずしも容易ではない。そこでホストとゲストから構成される二成分結晶を調製するための分子デザインとして,側鎖にベンゾフェノンを有するナフタレンジイミド誘導体(1)をホストとして設計した(図2(a)6)。1は,市販品の1, 4, 5, 8-ナフタレンテトラカルボン酸無水物と2-アミノベンゾフェノンをジメチルホルムアミド(DMF)中で加熱還流するのみで1段階かつ大量に合成可能である。サンプル管に1と過剰量の芳香族分子溶媒(Guest)を混合し,Guestの沸点近くまで加熱後,室温まで冷却することにより,1とGuestから構成される二成分結晶(1・Guest)を得た。用いたGuestの種類は,ベンゼン,トルエン,o-キシレン,m-キシレン,p-キシレン,1, 3, 5-トリメチルベンゼン,4-フルオロトルエンである。

図2 (a)1とGuestの自己組織化による二成分結晶(b)1・p-キシレンの単結晶X線構造(c)1・p-キシレンの蛍光顕微鏡画像(紫外光(330−380 nm)照射下)。
図2 (a)1とGuestの自己組織化による二成分結晶(b)1・p-キシレンの単結晶X線構造(c)1・p-キシレンの蛍光顕微鏡画像(紫外光(330−380 nm)照射下)。

その中でも1・トルエン,1・p-キシレン,1・4-フルオロトルエンの3つに関して綺麗な結晶が得られた。単結晶X線構造解析の結果,1とGuestが1:1の割合で構成される二成分結晶であることが明らかとなった(図2(b))。例えば1の持つベンゾフェノン部位によって形成された空隙に,1のナフタレンジイミド部位とp-キシレンが3.5 Åの距離で積層し,これが無限に連なった1次元のカラム状の分子集積構造であった。あたかも箱形のホストがゲストを取り囲んだ構造である。また得られた二成分結晶は,紫外光照射下(370 nm)で,1・トルエンと1・4-フルオロトルエンは水色発光,1・p-キシレンは緑色発光する固体発光材料であることを見出した(図2(c))。1単独,もしくはGuest単独では,このような興味深い発光特性は観測されていない。即ち,ホストとゲストから構成される二成分結晶を形成することではじめて観測される光エネルギー変換機能であると言える。

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