光を使ったナノ炭素材料の分散制御技術

3. 光を使った分散制御技術

図2 分散剤を用いた分散と刺激による分散制御の例
図2 分散剤を用いた分散と刺激による分散制御の例

近年,これらの分散剤開発の取り組みの中において,外部刺激に応答し分散性を制御することが可能な,刺激応答性分散剤の開発が盛んにおこなわれている。熱や光,pHなど,種々の刺激応答性分散剤があるが,とりわけ光応答性の分散剤は,高い空間・時間分解能,クリーンといった光の特徴から数多くの報告例がある4〜6)。これらの光応答性分散剤では,光による構造変化や分解によって,ナノ炭素材料表面での極性変化や脱離を引き起こし,分散状態を制御することが可能となる(図2)。

図3 我々が開発した光応答性分散剤の分子構造
図3 我々が開発した光応答性分散剤の分子構造

我々のグループにおいても光に応答して分子構造を変化させることが可能なスチルベンやアゾベンゼンといった分子を用いて,ナノ炭素材料を分散可能な光応答性分散剤の開発に取り組んでいる7, 8)図3に我々が開発した光応答性分散剤の代表的な分子構造を示す。この分子の特徴は,ナノ炭素材料との高い親和性による良好な分散能と,分子設計の自在さにあり,水や非極性有機溶媒まで幅広い溶媒中にナノ炭素材料を分散せることが可能である。本稿では,単層CNT(SWCNT)を例として,光による分散制御の結果を示す。

図4 光応答性分散剤を用いたSWCNTの分散制御
図4 光応答性分散剤を用いたSWCNTの分散制御

我々が開発した光応答性分散剤によるSWCNTの分散制御の結果とそのメカニズムを図4に示す。光応答性分散剤は,光照射前はSWCNTの表面に吸着し,溶媒中に分散させるが,紫外光照射(365 nm)によって吸着できない構造へと変化する。これによって分散剤は自発的に脱離して溶媒中に溶解することとなり,分散剤を失ったSWCNTは凝集する。これらの変化は,目視や吸収スペクトルの変化としてはっきりと観察される。凝集した溶液に可視光(436 nm)照射をおこなう事で,分散剤の構造が元に戻り,また分散状態とすることが出来る。この分散制御技術は,ナノ炭素材料の精製として応用も可能であり,市販品のSWCNT(純度約55%)を98%以上の純度に精製することも達成している9)

また,この技術はSWCNT以外のナノ炭素材料へと適用することができ,多層CNT(MWCNT)やカーボンブラック,グラフェンといったナノ炭素材料から,銅フタロシアニンなどの有機顔料を分散させ,光によって分散制御することも可能である。

4. 光を使ったナノ炭素材料の高純度膜作製技術

ナノ炭素材料を用いたデバイスの作製においては,加工後の部材に残留する分散剤の除去は重要である。一般的には酸や有機溶媒による洗浄や,焼成によって,加工後のナノ炭素材料から分散剤を除去している。しかしながら,これらの手法では除去効率があまり高くないことに加え,環境負荷が大きい事,材料や基材へのダメージを与える事が問題となっている。そこで我々は,これらの課題解決を目的とし,光を使った分散制御を利用した独自の製膜技術の開発に着手した。

図5 光応答性分散剤を使った光製膜の概要
図5 光応答性分散剤を使った光製膜の概要

我々の開発した分散剤が,光照射によってSWCNTから脱離するという特徴に注目し,分散剤の脱離によって生じるSWCNTの凝集を製膜へと展開することに成功した10, 11)。この手法では,SWCNTと光応答性分散剤を含む分散液を基板上に塗布し,紫外光を照射する。照射後,基材ごと有機溶剤で洗浄することで,光を照射した部分にのみSWCNT膜が形成される(図5)。我々はこれを「光製膜法」と名付け,以下に示す特徴があること明らかとした。

①分散剤は光照射中に自発的に脱離する為,得られた膜中に不純物の残留がほとんど無い
②分散液から直接製膜する為,乾燥履歴などの影響を受けづらい

③ガラス,樹脂,ゴムといった様々な材質,形状の基材上に簡単にパターン製膜することが可能

光製膜法で得られたSWCNT膜(以下,光製膜と呼ぶ)を評価するにあたり,比較として同じSWCNT分散液を用いて一般的な塗布法によって得られたSWCNT膜(以下,塗布膜と呼ぶ)を準備した。

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