1. はじめに
キャリア密度をはじめとした半導体のキャリア特性はデバイスの機能を左右する重要な要因である。これらの情報を非常に高精度に調べる手法としてホール効果を用いて調べるホール測定1, 2)が確立しているが,破壊測定であることや空間分解能が端子間隔の制限を受けるといった点で不便に感じる場面もある。特に半導体基板の開発の過程において求められる迅速なフィードバックには向かない。赤外分光3〜5)やラマン散乱分光6, 7)など光学的に調べることで非破壊,非接触で測定できる方法はあるが測定のダイナミックレンジや精度ではホール測定に一日の長がある。また,いずれの手法にしても迅速な測定によるスループットの向上は常に求められている。
一方で20世紀末から現在にかけて,レーザー技術,高周波技術の進歩に伴いテラヘルツ(THz,1 THz=1012 Hz)帯の光源,及びその検出技術が成熟化してきた。THz帯には,多くの物質にとって指紋スペクトルと呼ばれる物質固有の振動(光学フォノンモード,分子間振動や巨大分子の骨格振動)8〜10)を有することも,THz波技術の応用を見据えた発展の大きなけん引力となっている。半導体においても例外ではなく,光学フォノンモードの振動周波数は多くの材料でTHz帯にあり,そのモードは材料にもよるがTHz帯吸収,反射分光により測定可能(赤外活性)である。
また,半導体においては,金属よりもキャリア密度が薄いことからプラズマ周波数(詳細は後述)が主にTHz帯に存在しスペクトルに影響を与える。プラズマ周波数のキャリア密度依存性は,良く知られているようにキャリア密度の平方根に比例するが,半導体材料への不純物ドープ量により密度が数ケタ違うことは特に珍しいことではない。このことはTHz帯の光がキャリア密度の敏感なセンサーになりうることを意味している。半導体評価の先行研究では,THz時間領域分光法(THz-TDS)を応用して,パルス帯域のサブTHzから数THzにおいて反射測定を行った例11)や国内でもエリプソメトリーによる評価12)の報告があり,近年では一体化した評価装置も国内メーカーから市販されている。また,THz波がナノスケールのデバイス中のキャリア13)や光により生成されたホットキャリア14)のプローブとして用いられている例もある。キャリア密度の測定という点では広い周波数帯域での測定がダイナミックレンジを左右する。
これまで我々の研究グループでは,非線形光学の技術を応用した単色波長可変THz波光源を開発してきた15, 16)。これらの光源は,現在THz-TDSに用いられるもっともオーソドックスなフェムト秒パルスレーザーを用いたTHz波の発生方法と比べると,単色性,広帯域性,周波数可変性に特徴がある。特に本研究で用いた有機非線形結晶DASTを用いた差周波発生光源では,1−40 THzの帯域からパルスごとに異なる周波数のTHz波を選択して発生させることができる17, 18)。本研究では,半導体開発の現場で使用可能な半導体評価手段に対して,この新しい光源である単色波長可変THz波光源を用いることでアプローチする。
我々がターゲットしてきたのは,当初,窒化ガリウム(GaN)結晶でありTHz波光源を用いたキャリア密度測定の原理検証を行った19)。その後その知見をもとにキャリア密度以外の移動度,抵抗率といった半導体の基礎特性の関係が測れることがわかってきた20)。本稿では主にGaNを例にこれまでの研究の流れに沿って解説する。現在では,砒化ガリウム(GaAs),炭化ケイ素(SiC)といった化合物半導体においてもこの方法が有効であることがわかっている。また,場合によってはシリコン(Si)へも応用可能である。本技術はLED,パワーエレクトロニクスといった次世代を担う材料の評価に十分に寄与できる技術であると確信している。