1. はじめに
光は波長領域は,その波長の長さによって紫外領域,可視領域,赤外領域に大きく分けられる。赤外領域は,波長の短い領域から近赤外,中赤外,遠赤外領域と細分化されており,中でも中赤外領域(2〜15μm)は,分子の固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)が数多く存在することから,“分子の指紋領域”とも呼ばれる。
現在,この分子の指紋領域で波長が変えられる中赤外波長可変コヒーレント光源を利用して,環境リモートセンシング,光治療,レーザー加工等の先進的な応用研究が進められている1〜5)。また,今もなお中赤外領域における波長可変光源のさらなる発展が期待されている。
我々は,様々な分子の指紋スペクトルに波長同調が可能な光源として,広帯域な中赤外領域で自在に波長選択が可能なコヒーレント光源の開発を進めている。波長2μmよりも長い領域で波長を制御するためには,1μm近傍で出力するNd系の固体レーザーやファイバーレーザー,または2μm近傍で出力するTm系やHo系の固体レーザーに差周波発生6, 7)や光パラメトリック発振8, 9)といった非線形周波数変換法を利用するのが一般的である。
一方,著者が所属する理化学研究所・光量子制御技術開発チームでは,Cr2+やFe2+等の遷移金属イオンをZnSeやZnS等のⅡ-Ⅵ属半導体材料に添加したカルコゲン化合物を,レーザー材料に用いた中赤外波長可変レーザーの開発を進めている。
レーザー材料として用いられるカルコゲン化合物にはCr:ZnSe,Cr:CdSe,Fe:ZnSe等がある。それらの光学特性を表1に示す。Cr:ZnSeやCr:ZnSは2〜3μm,Cr:CdSeは2.5〜3.5μmの非常に広い蛍光スペクトルを持つ。またレーザーイオンをFe2+へ変更することで,より長い波長領域へ蛍光スペクトルをシフトさせることができる10〜12)。
さらに,これらの材料は120×10–20 cm2を超える大きな誘導放出断面積を併せ持つ13)。この値は,近赤外領域の波長可変レーザー材料として代表的なTi:Al2O3の3倍以上に相当する。これらの特性より,カルコゲン化合物は非線形周波数変換法を介さずに広帯域な中赤外領域で直接レーザー発振が可能な光源の開発に極めて有効なレーザー材料であることが分かる。
本稿では,理化学研究所・光量子制御技術開発チームで実施した「カルコゲン化合物を用いた中赤外波長可変コヒーレント光源」に関する研究成果を紹介する。これまでに,環境リモートセンシングやレーザー加工への応用に向けてCr:ZnSeやCr:CdSeを用いたパルスレーザーの開発を進めてきた。これらのレーザー材料を用いてパルス発振させるためには,2μm近傍で発振するパルスレーザーを励起光源に用いるのが有効である。
著者らは,これまでにCr:ZnSeやCr:CdSeの励起光源に利用可能な2.01μmで発振するTm:YAGパルスレーザーの開発に成功している14)。本稿では,このTm:YAGパルスレーザーを励起光源に用いて開発したmJクラスの出力エネルギーを有するCr:ZnSeレーザーとCr:CdSeレーザーについて,そのレーザー共振器や波長掃引方法,出力特性を中心とした研究成果を紹介する。