【本連載執を筆者された黒澤宏氏は2019年4月15日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。】
これから,いろいろなレーザー装置についてお話しするのですが,その前にレーザー発振に必要な反転分布の作り方を見てみましょう。
今までの原子と光の関係を考えるときには,励起状態と基底状態について見てきましたが,レーザー発振の場合,2つの状態間で反転分布ができることが基本です。2つの励起状態間の反転分布もありです。
そこで,レーザー発振に関与するエネルギーの高い方の状態を上準位,低い方の状態を下準位と呼ぶことにします。最も簡単な構造は,2つだけのエネルギー状態からなるものです。
ところが,図1(a)の2つのエネルギー状態だけを考えて,反転分布を作ることは不可能なのです。上準位の原子数が下準位の原子数を超えた時点で,それ以上のエネルギーを吸収することができないためです。そこで,図1(b)に描いてあるようにもう一つのエネルギー状態を加えた3準位系を考えます。
ポンピングによってエネルギーをもらった原子は励起準位にあがりますが,その準位の寿命は数fsと短いので,ただちにすぐ下にある上準位に落ちます。この準位の寿命は数μs~数msとはるかに長いので,そこに原子が留まることになります。
ポンピングを続けることで,上準位の原子数が増加し,最終的には上準位と下準位の間で,反転分布が実現することになります。この場合は基底状態が下準位として働いています。基底状態に存在する原子数は圧倒的に多いので,この場合の反転分布はすぐに解消されてしまうことになります。
つまり,3準位系では,反転分布を作ることはできても,それを維持することは難しいのです。その結果,大きなエネルギーを注入して,パルス動作しかできないことになります。そこで,図1(c)のように下準位として励起状態の1つを使う方法を考えます。
ポンピングによって,励起準位に上がった原子は短時間にその直下にある他の上準位に落ちます。下準位も一つの励起状態ですので,基本的にはこの下準位に存在する原子はありません。すなわち,上準位と下準位の間に反転分布を容易に作ることができます。
光を放出して下準位に落ちた原子は,数fsの短時間のうちにその下の基底状態に落ちる結果,レーザーに使う2つの準位の間の反転分布を持続することが容易なことから,連続発振も可能となるのです。
レーザーは,原子や分子のエネルギー状態を使います。そのためには孤立した原子や分子がなくてはなりません。この様な状態にある原子や分子の集合がガスですので,レーザーとしてはおあつらえ向きというわけです。