早稲田大学,中部大学,産業技術総合研究所は,多谷間物質Geにパルスレーザーを照射することで,幅広い波長の光に対して透明・不透明を同時かつ超高速に切り替られることを実証した(ニュースリリース)。
非線形光学現象を利用すると,レーザー波長の変換など,通常の光学系では実現できない多彩な光の操作が可能になる。しかし,従来の非線形光学材料は,高強度レーザーなどの照射によりある決められた波長において光学非線形性が発現するのが一般的だった。
一方,半導体材料では,バンドギャプ以上の高強度レーザーを用いると,多数の電子が価電子帯から伝導帯に高密度に励起され,これらは電子-フォノン散乱によって伝導帯の下部を一時的に占有することができる。
この伝導帯の下部における電子の占有(Pauli Blocking効果)によって,一時的に光を透過できる状態が生じる。この現象は,直接半導体材料であるInNですでに観測されており,光の高速スイッチング技術として注目されている。しかし,InNの透明化が起こるのは,近赤外領域のバンドギャプ付近に限られていた。
研究グループは,近赤外から可視光領域にわたる幅広い波長帯域で高速に透明化する新たなアプローチを提案し,その実証に成功した。固体物質の多谷間構造を利用し,パルスレーザーの高密度光励起を用いることで,近赤外から可視光にわたる多色光の透過・不透過が超高速で切り替わることを初めて観測した。
一般的に,光が固体物質中の電子を伝導帯に励起すると,電子は超高速で緩和し,その後電子-正孔の再結合などを経て元の状態に戻る。Geや酸化物のような化学結合の強い物質では,励起後の緩和過程がピコ秒以下で起きるため,観測・制御・利用は非常に困難となっている。
研究グループは,フェムト秒時間スケールでの現象を解析できる計測装置を開発し,透過・不透過の超高速切り替え現象を実験的に解明した。そのメカニズムは,励起された電子が谷間散乱を経て多谷間に配分され,各谷間に瞬時に滞在することでPauli Blockingが発生する。
これは,電子が伝導帯の空状態を占有することで,光が吸収されず透過する現象。Geにおいて,この現象により,530nmと600nmの可視光と~900nmの近赤外光が,数百フェムト秒の時間スケールで同時に透過することが確認された。
研究グループは,この成果は,光信号を物理的に切り替える技術の一つとして,将来のマルチバンド通信や量子コンピュータなど用の超高速光スイッチの開発への応用が期待できるとしている。