東京大学の研究グループは,バッファ層とスピンコート法を組み合わせることにより,Si基板上に大面積の強誘電体結晶薄膜を作製するための新たな手法を開発した(ニュースリリース)。
これまでの強誘電体の研究において,薄膜作製手法として用いられてきたのは,スパッタリング法やパルスレーザー堆積法(PLD法)等といった,大規模な機器設備と厳しい製膜条件が要求されるものだった。
これに対して研究グループは,比較的低温かつ常圧で製膜が可能なスピンコート法を用いた強誘電体結晶薄膜の作製手法の開発を進めている。今回その中で,酸化ジルコニウムを母体材料として用いた酸化物結晶バッファ層がペロブスカイト型酸化物と良好な格子整合を示すことに着目し,このバッファ層とスピンコート法を組み合わせて高品質な強誘電体酸化物薄膜を成長させることに成功した。
また,研究グループは,この手法を用いてSiウエハー基板上に作製したチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の単結晶薄膜が電気抵抗スイッチング特性を示すことを見いだした。このスイッチング特性は低電圧(2V以下)で発現し,電圧の掃引を100回以上繰り返しても消失せず,極めて強固なものであることも分かった。
一方,スパッタリング法やPLD法で作製した,極めて結晶性が高く優れた強誘電性を示す薄膜においては,電気抵抗スイッチングは観測されなかった。実験結果を酸素欠陥の挙動に基づく理論的なモデルによって解析した結果,このスイッチング特性は,スピンコートで作製した薄膜に存在する酸素欠陥の電圧印加による変位と,それに伴う局所分極と内部電場の発生によって引き起こされることが明らかになった。
スパッタリング法やPLD法で作製された薄膜では,極めて結晶性が高く酸素欠陥量が極限まで抑えられているため,電気抵抗スイッチングが起こらないと考えられる。また,バッファ層を用いずにスピンコート法で作製した結晶性の低い薄膜では,欠陥濃度が高く電流のリークが大きすぎるため,同じく電気抵抗スイッチングは観測されなかった。
これにより,バッファ層とスピンコート法を組み合わせた手法が,電気抵抗スイッチングを引き起こすために,ちょうど良い酸素欠陥量を容易に導入できることが分かった。
電気抵抗スイッチングを利用した脳機能模倣素子の研究は次世代AIデバイス応用に向けて世界中で展開されており,研究グループは,この研究の手法はその中でもSiデバイスと融合可能で汎用的な強誘電体結晶薄膜形成手法として大いに活用されることが期待できるとしている。