東京大学の研究グループは,赤外多角入射分解分光法という新規赤外分光法を用いて,20Kという低温な氷表面におけるダングリングOHの光吸収効率を明らかにした(ニュースリリース)。
2023年に次世代赤外線観測用宇宙望遠鏡のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって氷星間塵の赤外スペクトルが測定され,3664cm−1にダングリングOHによるピークが観測された。
ダングリングOHは,氷表面のH2Oに特有の水素結合していないヒドロキシ(OH)基。氷表面において分子の吸着サイトとして働き氷星間塵の化学反応において重要な役割を果たしている。
赤外線天文学では,一般的に観測から得た氷の赤外スペクトルの吸光度と実験や理論で得た,氷の赤外光に対する光吸収効率から,氷の存在量を求める。
氷内部の4配位のH2Oに由来する幅広いピークの光吸収効率については,これまで多くの研究が報告されているが,氷表面のダングリングOHについては光吸収を議論するうえで重要なランベルト=ベール則が成立しないため,その光吸収効率の測定は困難だった。
そこで研究グループは,赤外多角入射分解分光法という新規赤外分光法を用いて,20Kという氷星間塵の温度環境と近い条件でダングリングOHの赤外光吸収効率を定量することに成功した。赤外多角入射分解分光法は,赤外分光法と多変量解析とを組み合わせた分析法で,試料内の分子の面内振動と面外振動の赤外吸収スペクトルを定量的に得ることができる。
赤外多角入射分解分光法は本来,得られた面内振動・面外振動の赤外吸収スペクトルの強度比から薄膜中の分子配向を解析するために開発された手法だが,この研究ではランベルト=ベール則が成立しないダングリングOHの光吸収効率を調べるために応用した。
そのためには,ダングリングOHの存在量を定量する必要がある。研究ではCOを蒸着してダングリングOHに吸着させ,2配位と3配位のH2OのダングリングOHのピークが消えるCO蒸着量からダングリングOHの存在量を定量し,光吸収効率を明らかにした。
結果として,2配位のH2OのダングリングOH,3配位のH2OのダングリングOH,COが吸着したH2OのダングリングOHの3種類のダングリングOHの光吸収効率は,どれも氷内部のH2Oの光吸収効率の1/10以下であり,むしろ孤立したH2O一分子の光吸収効率に近いことを明らかにした。この結果は氷表面と氷内部において水分子の性質が劇的に異なることを示している。
研究グループは,この研究で氷星間塵表面の化学反応メカニズムや惑星系の形成について理解が大きく進むことが期待されるとしている。