量子科学技術研究開発機構(QST),独ドレスデンヘルムホルツ研究所(HZDR),英インペリアルカレッジロンドンは,HZDRの高強度レーザー施設を用いて,レーザーによるイオン加速の世界最高到達速度を更新し,光速の50%のイオンビームの発生に成功した(ニュースリリース)。
加速器の大幅な小型化を可能とする技術として,高強度のレーザーを利用して高速のイオンを発生するレーザーイオン加速があり,その技術の高度化が,がん治療装置の大幅な小型化を実現し,その結果として治療の普及につながると期待されている。
そのため,世界中の研究機関が過去四半世紀の間に世界最大規模のレーザー施設を活用して多くのイオン加速実験を実施してきた。しかしながら,これまで光速の40%を超えるイオンビーム(陽子)は発生できておらず,がん治療への応用の障害となっていた。
研究グループは,HZDRのDracoレーザーを用い,そのレーザーの時間波形を適切に制御することで,速度のそろった高速陽子の発生に成功した。レーザーパルスをプラスチック薄膜に45度の角度から照射し,薄膜を透過したレーザー光(透過光)を計測しつつ,加速された陽子の運動エネルギーを独立な4つの検出器で測定した。
レーザー進行方向から15度,45度の方向に置かれた2台トムソンパラボラ分光器,31度に置かれたTOF分光器,及び45度方向に置かれた陽子の空間分布計測器。ターゲットの厚みを変化させながら,透過光と陽子を測定したところ,透過光の割合が数パーセントとなる時に,15度に置かれたトムソンパラボラ分光器にて,運動エネルギー150MeVの陽子が,再現よく繰り返し発生することが分かった。
大型計算機による流体シミュレーション及び3次元プラズマ粒子シミュレーションを行ない,実験結果を再現した。その結果,この研究では三種類の異なる加速機構を段階的に実現することで,高速陽子が発生することが明らかになった。
超高強度レーザーの時間波形の立ち上がり部分では,第一段階の放射圧加速,第二段階の相対論的透過現象よる加速が支配的となり,第三段階のクーロン反発効果による加速では,後から加速されてくる高速度の陽子との間のクーロン反発力により,先に加速されていた陽子線がさらに追加速される。このような複雑な過程を経て,陽子が光速の50%にまで加速されることが判明した。
研究グループは,今後,より高強度のレーザーを用いることで,既存の加速器を用いることなく,レーザー技術のみでがん治療にそのまま利用可能なイオンビーム発生が実現できるとしている。