立命館大学の研究グループは,α水晶の鏡像異性体である右水晶と左水晶において右巻きと左巻きのカイラルフォノンを円偏光ラマン分光によって選択的に観測することに成功した(ニュースリリース)。
結晶中の格子振動の量子はフォノンとよばれ,エネルギーと運動量をもち,熱膨張,熱伝導,熱拡散といった結晶の熱物性の担い手であることが知られている。
最近になって,カイラル結晶と呼ばれるらせん構造をもつ結晶のなかに,原子変位がらせんを描くように回転しながら,結晶中を伝播する格子振動が存在することが知られ始めている。このような格子振動の量子はカイラルフォノンとよばれ,これまでフォノンがもつとはあまり考えられてこなかった角運動量をもつ。
この角運動量によってフォノンは磁気モーメントをもつため,この磁気モーメントを通じた新たな物性の発現が期待され,近年多くの研究報告がなされている。しかし,これらの報告のほとんどは理論によるもので,最近まで実験的にカイラルフォノンを観測した例は少ないという状況だった。
研究グループは,2018年頃からカイラル結晶に対する円偏光ラマン分光を行なっており,その研究の中でα水晶に着目した。α水晶は代表的なカイラル結晶であり,古くから基礎研究が行なわれているだけでなく,時計やスマートフォンに入っている水晶振動子に用いられる工業的にも重要な物質となっている。
研究グループは,カイラルフォノンを観測するために,スピン角運動量をもつ円偏光の光を用いて右水晶と左水晶に対してラマン分光を行なった。その結果,それぞれの結晶において,右巻きと左巻きのカイラルフォノンの選択的な観測に成功した。
ラマン散乱の選択則を決める量であるラマンテンソルをそれぞれの巻きのカイラルフォノンに対して決定しただけでなく,右水晶で右(左)巻きのカイラルフォノンは,左水晶において左(右)巻きをしていることを明らかにした。
これは,鏡像異性体においては,そのカイラルフォノンの状態も鏡写しの関係になっていることを示している。さらに,ラマン散乱過程において光とカイラルフォノンの間で角運動量の授受があり,結晶の回転対称性に基づくカイラルフォノンの擬角運動量を考えることで,光とカイラルフォノンの間で角運動量保存則が成立することも確認した。この擬角運動量は,理論で予測されていたものと一致するという。
研究グループは,今後,カイラルフォノンによって生じる新しい物理現象の発見や,その現象を利用した工業的な応用などが期待されるとしている。