北海道大学の研究グループは,光照射によって炭素-炭素結合と炭素-窒素結合の両方が同時に回転するという,独特の異性化機構を示すチオアミド分子の創生に成功した(ニュースリリース)。
光分⼦スイッチは,光の照射により特定の化学結合が異性化し,その性質が変化する分⼦群で,調光レンズのような機能性分⼦や薬効の制御など,様々な分野での応⽤が期待されている。
人工の光分子スイッチは,⼀つの化学結合が異性化するものがほとんどだが,生物の視覚を司る光受容体であるロドプシン中では,光刺激により複数の化学結合が同時に回転するという特徴的な異性化機構の存在が知られている。
このような光分子スイッチは,剛直な炭素骨格から構築された数例の骨格を持つものの報告にとどまり,構造改変による応用が困難だった。
研究グループは,光による協奏的な結合回転を,窒素原子を含む一連の化学結合で実現することを目指した。まず,ベンゼン環の2箇所のオルト位に置換基を有するベンズアミドに着目した。ベンズアミド構造は,合成に用いるアミンと安息香酸の構造を変更することで,容易に構造を改変できる。
この分子は炭素-炭素結合と炭素-窒素結合という二つの回転障壁が比較的高い結合を有するが,このうち炭素-窒素結合の回転障壁は室温での回転を抑制するには不十分であるうえ,比較的長波長の紫外線や可視光での異性化が起こらないため,光分子スイッチへそのまま応用することは困難。
そこで,アミド結合の酸素原子を硫黄原子やセレン原子に置き換えるカルコゲン元素置換戦略により,この炭素-窒素結合の回転を抑制し,光感受性を付与することに成功した。そして,このチオアミドに対して導入した二つの異なるオルト位置換基をトレーサーとして,光照射下において炭素-炭素結合と炭素-窒素結合の両方が同時に回転することを証明した。
また,このチオアミド分子は,熱的条件では炭素-窒素結合のみが回転するため,光照射下と加熱条件で,異なる異性化モードを示すことが分かった。この研究では,光照射下で炭素-炭素結合と炭素-窒素結合の両方が同時に回転する反応機構を量子化学計算に基づいて解析し,励起状態からの無輻射失活よりこの回転が起こることを明らかにした。
研究グループは,この研究で開発されたチオアミド分子は,13重原子で構築されたコンパクトな構造を特徴としており,今後様々な分野での応用が期待されるとしている。