理化学研究所(理研),東京大学,九州大学,東京都市大学は,宇宙観測技術をベースとした多層半導体コンプトンカメラを用い,原子核から放出される光(ガンマ線)の偏光を捉え,原子核の内部構造を明らかにできることを示した(ニュースリリース)。
陽子と中性子の割合がアンバランスな原子核である不安定核は,核子が占める準位に異常が生じ,魔法数が消失し,新たな魔法数が出現するなど,安定な原子核では考えられなかった現象が,近年発見されつつある。
この構造変化を調べるためには,量子状態の内部エネルギー,スピンと呼ばれる自転的性質,およびパリティと呼ばれる偶奇性を決定することが重要。しかし,希少な原子核を対象とした研究では,これらの情報の確定に至るための信頼性の高いデータを得ることが困難だった。
研究グループは,多層半導体コンプトンカメラを構成するセンサーとして,宇宙観測分野で長年開発されてきたテルル化カドミウム(CdTe)半導体イメージングセンサーに着目した。CdTeは原子核が放出するガンマ線の典型的なエネルギー帯域に対し高い検出効率を示す。
そこで,このイメージングセンサーを20層積層した多層半導体コンプトンカメラを活用した。この多層半導体コンプトンカメラの考え方は,もとは宇宙観測用として「ひとみ」衛星に搭載された技術がベースとなっている。
この実験で用いられたコンプトンカメラはピクセル型のイメージングセンサー技術を用い,原子核から放出されるガンマ線に対し数mmの位置決定精度を持ち,さらには高い検出効率を兼ね備えた革新的な偏光計を実現している。
多層半導体コンプトンカメラの性能を評価するため,理研のペレトロン加速器施設において加速器実験を実施した。加速器から供給された陽子ビームを鉄の薄膜標的に照射し,56Fe原子核の励起状態を生成した。
その後,励起状態から放出されたガンマ線を測定した。56Fe原子核の第一励起状態から放出される847キロ電子ボルト(keV)のガンマ線が,ピーク構造として見られた。
測定されたガンマ線のピーク部分を抽出し,多層半導体コンプトンカメラ内でコンプトン散乱を起こした際の散乱方位角の分布を取得した。その結果,56Fe原子核の第一励起状態から放出されたガンマ線は電気的遷移であり,得られた偏光度も過去の測定結果と一貫性があることが分かった。
さらに,多層半導体コンプトンカメラの感度を評価した結果,測定の感度が非常に高く,かつ偏光計として実用可能な検出効率を兼ね備えていた。
研究グループは,この研究成果は,宇宙の成立や物質の性質の理解の基礎的知見を深めることに寄与するものだとしている。