分子科学研究所(分子研)は,nmスケールの空間に閉じ込められた光を用いる近接場顕微分光の先端計測技術によって単一のタンパク質を観察し,さらに化学分析として有用な赤外振動スペクトルを測定することに成功した(ニュースリリース)。
近年のナノテクノロジーの急速な発展に伴い,赤外光を用いた超高感度・超解像イメージングへの需要も高まっている。しかしながら,通常の赤外光を用いた顕微分光では,極微量試料の計測やnmスケールの空間分解能を達成することはできない。
赤外光による超高感度・超解像イメージングを行なう方法として,近接場分光の一種であるナノ赤外分光法(nano-FTIR)の技術が近年急速な発展を見せている。nano-FTIRはnmスケールの空間で物質の構造解析,化学分析,物性評価を行なうことができるため,基礎科学と産業応用の両面から重要な計測法。
研究グループは,nano-FTIRの高感度化および高分解能化を目的とした新しい技術開発を行ない,その応用としてこれまで成し遂げられていなかった単一タンパク質の赤外振動スペクトルの計測に挑戦した。
赤外光源として,高度に安定かつそのスペクトル幅が赤外振動分光に最適化されたパルスレーザー光源を用いた。原子間力顕微鏡(AFM)の鋭く尖った金属の探針先端に赤外パルスを照射することでナノスケールに局在した電場を形成する。
この赤外近接場と金基板上の単一タンパク質との相互作用に由来する散乱光をフーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)のように参照光と干渉させて検出することで,赤外スペクトルを取得することができる。
金属探針の先端に局在した近接場に由来する信号の大きさは探針先端と試料の距離に強く依存する。この性質を利用して探針―試料距離を変調(ωAFM)しながら散乱信号を取得し,その調和周波数(nωAFM)で変調されている成分をロックインアンプで復調検出した。
これによって赤外近接場に由来する信号を選択的に抽出するだけでなく,より高次の調和次数(n)で変調された信号を解析することで,空間的により強く局在した近接場相互作用に由来する信号を得ることができる。
さらに研究グループは,ロックインアンプによる赤外近接場散乱の復調を高次の成分まで行なう新技術によって空間的により局在した近接場信号を抽出できることを示し,ナノ空間における赤外光とタンパク質の相互作用を理論的に解明した。
研究グループは,この研究成果は,赤外光を用いた次世代の超高感度・超高解像イメージングに向けた進展につながり,生体分子をはじめ,多様なナノ物質への応用が期待されるとしている。