静岡大学の研究グループは,アブシシン酸(ABA)の代謝不活性化機構に着目してABAを構造改変することで,植物体内で代謝不活性化され難く,且つ太陽照射下でも安定なABAアゴニストを開発した(ニュースリリース)。
ABAは,悪環境下での発芽抑制や乾燥耐性・塩耐性などを担う植物ホルモンであり,環境ストレス耐性付与剤としての農業利用が期待されている。しかし,圃場レベルでABAを植物に投与してもこの様な効果を発揮しないため,未だ実用化には至っていない。
これはABAの効果持続性の低さに起因し,その主な要因はABAの光安定性の低さと植物内体での代謝不活性化の速さにある。これまでに数多くのABA類縁化合が合成されてきたが,未だこれら2つの弱点を同時に克服したABAアゴニストは存在しない。
ABAの光安定性の低さは,側鎖ジエン酸の共役二重結合および環部のα,β-不飽和カルボニル基に由来する。これまでに研究グループは,光安定性の向上を目的として側鎖ジエン酸をフェニル酢酸に置換したABAアナログ(BP2A),およびBP2Aのα,β-不飽和カルボニル基の4′位ケトンを還元したMe 1′,4′-trans-diol-BP2Aを創出してきた。
しかし,植物体内で速やかに代謝不活性化されてしまうといった課題は残ったままだった。そこで,BP2Aをリード化合物として代謝抵抗性を付与する方向で構造展開を行なった。その中で,BP2Aのシクロヘキセノン環にベンゼン環を融合させ,カルボキシ基をメチルエステルに置換した化合物5および6は,BP2Aよりも光に安定で,且つBP2Aよりも強いABA様の生物活性を示した。
植物ホルモンやその類縁化合物は農業で広く利用されている。しかし,オーキシン,エチレン,ジベレリン,サリチル酸などに比べると,ABAの農業利用は限定的であり,特に乾燥ストレス耐性の付与といった,分かりやすくポジティブな機能を実用利用した例はこれまでなかった。
今回の研究で開発した化合物は,農業現場でABAを使用する際に障害となっていたABAの弱点を克服する一つの方法だという。研究グループは今後,シロイヌナズナ以外の農作物に対する効果や薬物動態を追究することで,ABAアナログの農業利用へと繋がることが期待されるとしている。