自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)と神戸大学は,光が細胞内の屈折率乱流を伝搬した時の物理プロセスをモデル化するだけでなく,蛍光イメージングから細胞内の屈折率ゆらぎ・フラクタル次元・散乱係数などの光学的特性を計測することに成功した(ニュースリリース)。
細胞は生命の基本的な構造・機能の単位を担っており,生体分子と細胞内小器官を含む,膜で閉じられた細胞質から構成されている。これらの複雑な内部構造は,光学イメージングシステムや電子顕微鏡を用いて可視化することができる。
しかし,光学イメージングでは,可視光の波長が360~760nmで,電子の波長より5桁も長いため,電子顕微鏡で観察できるような小さな細胞内物体の構造を捉えることはできない。
顕微鏡観測における波動関数の複素振幅は,「強度」と「位相」の2つの物理量から構成されている。これら物理量の相互変換は,特に,強度輸送方程式(TIE)と呼ばれる偏微分方程式として定式化されており,医療画像などの解析によく利用されている。
しかし,この方程式は,一般的に,中間場を記述する波動関数の強度分布が任意の位相空間を通って伝搬することを仮定しているため,細胞内部の複雑な屈折率乱流を介した時の強度変化について表現することはできていない。
TIEは,ある波長の中間場における強度と位相の数学的関係性を表現しており,特に,光学顕微鏡法と電子顕微鏡法の間に横たわる大きな分解能のギャップを埋める上で重要な役割を果たしている。
研究グループは,任意の位相空間を仮定するのではなく,細胞内の屈折率乱流を表す光学フラクタルモデルを用いて,TIEの再公式化を行なった。
広範囲の波長領域において,TIEをシミュレーションすることで,光の強度分布がどのようにしてフラクタルメディアと相互作用して分散・減衰するのかを示した。また,電子顕微鏡で観測できる短波長領域においては,フラクタル次元と強度分散の非直感的なトレードオフが発生することが明らかにした。
また,TIEにおける位相分布と屈折率ゆらぎを数学的に結ぶ関数を導出することに成功し,蛍光イメージングから細胞内部の屈折率ゆらぎ・フラクタル次元・散乱係数などの光学的特性を再構築できるようになった。
この研究成果は,細胞内の光学特性の不均一な空間分布によって引き起こされる光散乱とゆらぎを細胞モデルに組み込むことで,「生物画像シミュレーション」の拡張実装が可能になる。研究グループは,シミュレーションの改良は,データサイエンスで暗黙的に仮定されている観測的不変性の数値的評価と検証に関連するとしている。