東京農工大学の研究グループは,たった1つのベンゼン環から成る非常に小さな分子にも関わらず優れた蛍光特性を示す新たな色素を開発した(ニュースリリース)。
蛍光標識は「見えないものを見る」ために必須の技術であり,これまでに様々な色素が開発されてきた。「見やすさ」などの蛍光特性を高めるためにはどうしても色素が大きくなりがちであり,これに伴って溶けにくくなってしまうという問題が生じる。
特に,タンパク質や核酸などの生体分子を標識する場合には,ほとんどの実験が水中で行なわれることから,溶解性の改善は蛍光色素にとって非常に重要な課題となっている。
蛍光色素を設計する基本は,ベンゼン環に代表される「共役系」を延ばすこと。複数のベンゼン環が繋がったピレンやペリレンは鮮やかな蛍光を発することが知られているが,ベンゼン環を延ばせば延ばすほどに蛍光色素の溶解性は著しく低下してしまうため,生体分子の標識には不都合となる。
そこで,現在広く用いられているフルオレセインやローダミンと呼ばれる蛍光色素では,共役系の延長に加えて,電子を「押す」(プッシュ)電子供与基と,電子を「引く」(プル)電子求引基を活用し(プッシュ-プル系),優れた蛍光特性と溶解性の両立を実現している。
特に最近では,電子供与基と電子求引基を適切に配置することによって,たった1つのベンゼン環から成る小さな分子にも関わらず優れた蛍光特性を示すことが見出されている。
研究グループはこれまでに,穏やかな反応で炭素と炭素を繋ぎ合わせる独自の物質変換法や,エネルギー効率を最大限に高めた反応技術を報告している。この研究では,電気のエネルギーを用いた独自の反応技術によって,たった1つのベンゼン環から成る非常に小さな分子にも関わらず優れた蛍光特性を示す新たな色素を開発することに取り組んだ。
研究グループは,プッシュ-プル系を活用した独自の蛍光色素を報告するとともに,電子供与基(プッシュ)をベンゼン環に縛り付けることで蛍光特性が飛躍的に向上することを見出している。
今回,これら2つの設計指針を融合して開発に取り組んだ。候補となる化合物は,電気のエネルギーを用いた独自の反応技術によって効率的に組み立てることが可能。このような設計指針に基づいて候補化合物を合成した結果,得られた色素は非常に小さな分子にも関わらず,優れた蛍光特性を示すことが明らかとなった。
この成果は,独自の設計指針ならびに反応技術によって,新たな蛍光色素を創出したもの。研究グループは,「見えないものを見る」ための蛍光標識技術を始めとして,様々な分野での応用に繋がるとしている。