東京工業大学は,振動スペクトルと電流信号の計測により,単一分子のπスタック二量体を識別する手法を開発した(ニュースリリース)。
π電子を介した相互作用(π—π相互作用)は,電子材料における結晶構造や電子輸送特性,薬品と生体との相互作用など,さまざまな分野の理解に重要。
近年,単分子の電子輸送特性が活発に研究されているが,単分子が二量体を形成すると,π軌道の重なりに伴う量子化学効果によって電子輸送特性が著しく変化することが示唆されている。しかし,その二量体の構造を実験的に明らかにする手法はなく,分子同士の相互作用を効果的に調べることができなかった。
研究グループは,二量体の認識に用いる電極を作製するために,微細加工技術を用いて,断面が150nm×120nmの細線状の金電極を機械的に破断し,分子を捕捉するナノギャップ構造を作製した。この金電極を用いて,電流信号を検出する電気計測と同時に,レーザー光を照射してラマン散乱計測を行なった。
金属のナノギャップでは,表面増強ラマン散乱と呼ばれる信号増強現象により,単一分子内の化学結合の振動情報を検出することができる。実験では,金電極にナフタレンチオール分子を吸着させた状態で計測を行ない,電極上の分子の電流信号と振動スペクトルを解析して,分子の状態の特定を試みた。
実験の結果,ナフタレン分子に特徴的な振動スペクトルを検出するとともに,振動に由来するピークと電流値の変動に相関があることを見出した。電気伝導度と環呼吸振動の振動エネルギーについて相関図を作成したところ,3種類の状態が明瞭に検出された。
この結果について,量子化学計算を行なって,振動エネルギー変化と電気伝導度変化の傾向を解析したところ,それぞれの状態は,ナフタレンチオールのπ電子が電極金属と強く相互作用して化学吸着した状態,ナフタレンがπ—π相互作用によって二量体を形成した状態,ナフタレンが電極金属と弱く相互作用して物理吸着した状態であることが明らかとなった。
振動エネルギーが電気伝導度に依存して変化することは,吸着構造の違いによる相互作用の大きさを反映しており,電極金属とナフタレン分子間の電荷移動の影響によるものと考えられるという。
研究グループは,ナフタレン分子という基礎的な分子の二量体の検出に成功した。今後は,さまざまな分子間相互作用を有する二量体に対して研究を展開し,検出手法の汎用性を検討するとともに,生体分子の認識素子作製への応用を目指すとしている。