筑波大学の研究グループは,「電界放射顕微鏡」という技術を用いて,針先に吸着した有機半導体分子から放射された電子(電界放射)を投影すると,単一分子の電子軌道をイメージングできることを示した(ニュースリリース)。
有機エレクトロニクスでは,有機分子の電子の軌道の「かたち」(電子軌道)が非常に重要となる。しかし,分子の電子軌道を可視化する方法は限られており,特に,実空間や実時間での分子軌道の動的イメージングは,分子の構造変化や反応を調べる上で非常に重要だが困難だった。
研究グループでは特に,超原子分子軌道(SAMO)と呼ばれる,空間的に広がった対称性の良い電子軌道に着目した研究をしている。このような広がった電子軌道は,有機エレクトロニクスにおいて電子を輸送するのに適しているが,その可視化は特に困難だった。
そこで研究では,電界放射顕微鏡(FEM)と呼ばれる,探針先端のナノ構造を観察できる投影型の顕微鏡に注目した。FEMはこれまで主に金属材料(探針)の構造観察に用いられてきたが,探針に分子を吸着させて,その分子から放射された電子(電界放射)の投影パターンを観察することで,分子の電子軌道のイメージングが可能になると考えられる。さらに,投影される像には分子の動きも反映される可能性がある。
FEMによる分子観察において,特徴的なパターンが現れることは古くから報告があったが,これまで,そのパターン形成のメカニズムが分かっておらず,応用には至っていなかった。
研究では,探針にさまざまな有機半導体分子を精密蒸着し,FEM観察することで,いずれの分子からも対称性の良い特徴的な電界放射の投影パターンが得られることを示した。その動画観察から,これらのパターンは単一分子の電子軌道を表したものであり,分子の種類によらず球面調和関数の形状をとることが分かった。
この電界放射パターンを電界放射角度分布(FAD)と名付けた。また,FADが,分子のSAMOの形状とよく一致することを示した。一方,FADと同時に,電界放射の印加電圧依存性やエネルギー状態を分析したところ,探針からの電子が,有機分子のSAMOを介して放出されていることが明らかになった。
これらより,長く未解明であった,分子ごとに得られる特徴的なFADパターン形成のメカニズムが,分子のSAMOを反映したものであることが解明されたとする。
この手法は,表面に吸着した分子の拡散や反応過程の動的観察に用いることもできる。研究グループはさらに,電界放射の詳細なエネルギー分析により,単一分子の振動状態などの解析を行なうことも可能になるとしている。