岡山大学の研究グループは,原子レベルに薄い半導体材料(遷移金属ダイカルコゲナイド:TMDC)のヤーヌス構造の生成(ヤーヌスTMDC)と生成過程の解析に成功した(ニュースリリース)。
層状物質で,単層が原子3個分の厚みをもつ半導体のTMDCは,単層でのみ発光特性をもつ直接遷移型半導体になる。単層のTMDCは優れた機械的柔軟性,光学特性,電気特性を持ち,次世代の光電子デバイスへの応用が期待されている。
単層のTMDCの結晶構造は,遷移金属(モリブデン,タングステン等)原子を上下のカルコゲン(硫黄,セレン等)原子でサンドイッチした構造をしている。上下のカルコゲン層に異なる原子をもつTMDCは,前後に顔をもつギリシャの神ヤーヌスに由来し,ヤーヌスTMDCと呼ばれる。
上下の異なる原子層によって,面外ミラー反転対称性が破れることで面外分極が現れ,圧電効果,ラシュバスピン分裂など新しい物性の発現が期待されている。さらに,光触媒,ガスセンサー,太陽電池,光センサーなどの応用が期待されている。
このようなヤーヌスTMDCを生成する手法として,プラズマを用いた原子置換法がある。この手法では通常のTMDCの最表面原子を置換しヤーヌス構造を生成でき,室温で原子置換が可能で応用範囲が広い。一方で,どのような過程でヤーヌスTMDCが生成されるか不明だった。
研究ではヤーヌスTMDCの生成過程解明に向け,通常のTMDCから原子置換によってヤーヌスTMDCが生成される際の結晶構造と電子状態を調査した。ヤーヌスMoSeSは,単層のMoSe2へのプラズマ処理による硫黄原子置換によって生成した。
その結晶構造や,原子組成比,電子状態を調査し,短時間のプラズマ照射と分析を繰り返すことで生成過程を追跡した。原子スケールの結晶構造の観測から,MoSe2最表面の原子が比較的ランダムに置換されている様子を観測した。
また,プロセス初期段階で結晶構造に大きな変化が現れたことが示され,原子置換が進行していくと,ヤーヌスMoSeS由来のピークが現れると同時にPLピークが不連続的にシフ
トすることが明らかになった。
この起源を調べたところ,部分置換した結晶構造に特異の振動モードを再現し,実験のラマンスペクトルとの一致を確認した。また,DFTによるバンド計算により,原子置換によるバンドギャップの変化を予測した。
しかし,実験で観測されたPLピークの不連続遷移はこの計算では再現されず,PLの起源となる励起子の直径と,ヤーヌスMoSeSのドメインサイズを考慮したメカニズムの仮説を提唱した。
研究グループは,TMDCの物性制御や新しいデバイス応用展開に繋がる成果だとしている。