理化学研究所(理研),日本原子力研究開発機構,東京都立大学,立教大学,仏カスラー・ブロッセル研究所,東京大学,高エネルギー加速器研究機構,中部大学は,負ミュオンと原子核からなる「ミュオン原子」から放出される「ミュオン特性X線」のエネルギースペクトルを精密に測定し,強電場量子電磁力学をエキゾチック原子で検証するための原理検証実験に成功した(ニュースリリース)。
新たな物理法則の発見には,新実験手法の開発や測定精度の向上が欠かせない。電荷を持つ粒子と光の間のミクロな相互作用を記述する「量子電磁力学(QED)」は,人類が見いだしてきた物理法則の中で最も精密に検証されている。
例えば,現在,陽子と電子という最も簡単な構成の原子である水素原子の遷移エネルギーについて,QEDを含んだ理論計算が14桁(100兆分の1)もの精度で実験的に検証されている。QEDはどこまで正しい物理理論なのか,その限界が日々求められている。
QEDの効果は電場が強い環境でより顕著に現れるが,一方で理論計算は難しくなる。そのため,強電場環境はQED検証の舞台として非常に重要となる。これまで,強電場環境を実現する方法として,複数の電子が剥ぎ取られた重原子である「多価重イオン」を用いた実験が長年進められてきた。
原子番号が大きくなり,多くの電子を剥ぎ取ることで遮蔽効果が抑制されるため,多価イオン内に残された電子が感じる電場は強くなる。このため,大型加速器を用いて多価重イオンを作る研究が精力的に進められている。
しかし,原子番号が大きい多価重イオンでも,およそ1フェムトメートル(1,000兆分の1メートル)と小さくても原子核の大きさの影響が無視できない。この効果は正確に知られていないため,実験結果と理論を比較するQED検証の精度が大きく損なわれることが指摘されている。
今回,研究グループは大強度陽子加速器施設「J-PARC」で得られる低速負ミュオンビームをネオン(Ne)気体に照射し,生成されたミュオン原子(ミュオンNe原子)が放出するミュオン特性X線のエネルギーを,TES検出器を使って精密測定した。
TES検出器の高いエネルギー分解能を最大限に活用することで,ミュオン特性X線のエネルギーを,1万分の1を下回る絶対精度で決定し,強電場量子電磁力学における真空分極の効果を5.8%という極めて高い精度で検証することに成功した。
この成果は,人類がいまだ人工的には作り出せない超強電場下における基礎物理法則の検証に向けた大きな一歩。研究グループは,ミュオン原子を用いた非破壊元素分析法などさまざまな研究分野への応用が期待できる成果だとしている。