東京大学の研究グループは,分子で作ったナノサイズの空間を利用することで,無数のベンゼン環が直線状に連結したポリアセンの合成に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
ベンゼン環が直線状につながった構造をもつアセン類は,ベンゼン環の数が増えるにつれて電子が広範囲にわたって移動しやすくなるため,優れた導電性・発光・磁気特性を示すことから,有機エレクトロニクスやスピントロニクスの分野で注目を集めている。
アセン分子は,長くなると溶解性や安定性が大きく低下するため,その合成が非常に難しくなる。現在最長のアセンは,2020年に報告されたベンゼン環12個からなるドデカセンだが,従来法でアセン類の伸長を行なうには限界が見えてきていた。
研究では,金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり,規則的なナノサイズの空間を有する多孔性金属錯体(MOF)に着目。研究グループでは,MOFのナノ細孔を反応場とすることで,高分子やナノカーボン材料の制御合成に成功している。
今回,一次元状の空間をもつMOF内に,ポリアセンの原料となるモノマーを導入・連結反応を行なうことで,ポリアセンの前駆体となる高分子を合成した。
単にモノマーのみを加熱しただけでは反応位置が制御できないため,枝分かれ構造が形成されてしまう。一方,MOFの細孔内では,モノマーが一次元的に配列しているため,望みの反応位置でのみ連結させることができる。
続いて,得られた複合体を塩基で処理して,MOF骨格のみを選択的に除去することで,前駆体高分子を単離した。その後,加熱処理を施すことで,ポリアセンへと変換した。
各種分光学的手法によってポリアセンの構造を詳細に解析したところ,長いものではベンゼン環が数十個以上繋がっていることが示唆され(平均個数は19),これまでの最長
記録を大幅に更新するものであることが分かった。
ポリアセンは,炭素原子一層からなるグラフェンをベンゼン環1個分の幅でリボン状に切り出した構造であることから,特異なトポロジカル機能が期待され,将来的なナノデバイスへの応用も視野に入る。そこで,得られたポリアセンがどのような物性を示すのかを調べるために,その構造安定性や電子・磁気特性の一端を明らかにした。
この手法は反応のスケールアップによる大量合成が可能なことから,研究グループは今後,ポリアセンの光・電子・磁気特性の解明に取り組み,最細グラフェンの特異な機能を利用した太陽電池やナノデバイスなど広範な応用展開を目指すとしている。