高輝度光科学研究センター(JASRI),理化学研究所,高エネルギー加速器研究機構とヨーロッパの研究グループは,光を吸収した溶質分子とその周りを囲う溶媒分子がお互いに影響し合いながら光化学反応が進行するメカニズムを原子レベルで解明することに成功した(ニュースリリース)。
溶液中では溶質分子の周囲に常に溶媒分子が存在し絶えず動き回っている。光によって溶質分子にエネルギーを与えると分子の形が変わることがあるが,周囲の溶媒分子はその構造変化に応じて配置を変えて全体を安定化させる。この時,溶質分子と溶媒分子の間でエネルギーのやり取りが起こる。
このプロセスは,使用する溶媒の種類を変えると化学反応のスピード,反応中間体の寿命,生成物の種類や収率が変わることが知られている(溶媒和効果)。溶媒和効果は化学反応において重要な役割を果たしているが,溶質分子と溶媒分子それぞれの原子位置の変化を正確に追跡することができなかったため,そのメカニズムは不明だった。
研究グループは光増感剤のプロトタイプである銅(I)フェナントロリン錯体に光エネルギーを与えると分子が振動しながら正四面体型から平面型へと平坦化する様子を時間分解X線吸収分光によって観測することに成功している。
しかしこの手法では,X線を吸収する銅原子に結合している原子の位置変化しか捉えることができず,金属錯体の周りに離れて位置している溶媒分子の動きは不明なままだった。そこで,より広範囲まで原子位置の変化を精密に可視化できる時間分解X線溶液散乱と時間分解X線発光分光を相補的に組み合わせることで,この課題に取り組んだ。
光を吸収した溶質分子は不安定な構造(正四面体型)から安定な構造(平面型)へと平坦化し,振動する。平坦化すると配位子の間の空間が広がるため,溶媒分子がそのスペースに入り込み,中心の銅原子に近づく様子が観測された。この過程は溶質分子の形状の変化が周囲の溶媒の再配置を駆動していると理解できる(溶質分子→溶媒分子)。
光をあてた直後はこのような一方向的な相互作用が支配的だが,しばらく時間が経つと逆方向の相互作用(溶媒分子→溶質分子)の影響が観測された。すなわち,溶媒の入り込む動きによって溶質分子の振動が減衰し,更なる平坦化が進行することが分かり,溶質分子と溶媒分子の双方向的な相互作用を原子の動きとして説明することが可能になった。
これは,紫外〜可視光のレーザー分光では達成できないユニークな点。研究グループは,人工光合成技術など,新たな光化学反応の開発にとって基盤的な技術となることが期待されるとしている。