早稲田大学理と加国立研究機構は,アト秒レーザーによりネオン原子から放出された電子の波動関数を,位相分布も含めて高分解能で可視化する方法を開発した(ニュースリリース)。
光電子分光法は,物質の電子状態や構造を調べる方法として広く利用されている。放出された電子は,「粒子」として観測されるが,測定を多数回繰り返すとある形を持った分布となる。この分布,波動関数の自乗|Ψ|2に相当するものになる。
一方,電子は粒子性と波動性の2つの性質を持っており,波としての性質は電子の「位相」として表される。しかし,この“位相情報”は検出器に当たったときに消えてしまいまい,検出器上ではただの「粒」としてしか観測されまない。
しかし,アト秒科学により,電子の量子的な性質である「位相」を測定することが可能になってきた。位相がわかることにより,波動関数の自乗|Ψ|2ではなく,複素数の波動関数Ψそのものを得ることが出来ることになる。
近年,研究グループは,奇数次と偶数次を含むアト秒レーザーパルス列を用いることで,ネオン分子から放出された電子の「角度ごとの」位相を測定し,部分波にわける方法を開発したが,この方法は電子の3つの干渉過程を用いるため,解析方法が難しく,角度ごとのみの解析に留まっていた。
そこで今回,より簡単・直接的な方法で「角度ごと・エネルギーごとをあわせた運動量ごとの電子の位相と振幅を測定し」「複素数の波動関数全体を可視化する」方法を開発した。具体的には,アト秒レーザーパルスの発生方法を制御することにより,「2つのイオン化過程のみの干渉」が起こるようにした。
このことにより,角度ごとではなく「電子の運動量ごと」の振幅と位相を直接決定でき,解析が非常に短時間で行なえるようになった。これにより,「複素数の波動関数全体」のイメージングが可能になり,これまではわからなかった運動量空間での電子波動関数の詳細な構造(位相の違いなど)が高分解能で明らかになったという。
今回測定された電子波動関数は,量子コンピューターなどの計算アルゴリズムの発展や,その検証に使えることが期待される。また研究では,コヒーレントなアト秒レーザーを用いて,電子の波としての性質を利用することで,通常の光電子分光法では測定が困難な電子の位相の分布の測定を可能にした。
アト秒レーザーパルスはテーブルトップで極端紫外領域~軟X線領域の光を発生できるが,今回の研究により,電子の位相分布や複素数の波動関数イメージングをもとにした,新規な位相・運動量分解光電子分光法や物質測定・量子状態の測定法の開発につながるという。
研究グループは,複素数の電子波動関数がわかることにより,新たな機能を持つ分子の創生や,より高輝度の蛍光物質の作成などが期待されるとしている。