東京大学とSTマイクロエレクトロニクスは,シリコン光回路中で動作する超高感度フォトトランジスタの開発に成功した(ニュースリリース)。
現在用いられているシリコン光回路は,回路中の動作をモニターする素子がないため光回路の動作状態は演算結果から推定するしかなく,高速な回路制御が困難だった。
光回路をモニターする素子としてゲルマニウム受光器を多数集積する方法が検討されているが,回路構成が複雑になることや動作電力の大きさが課題となる。また,光入力信号で駆動するフォトトランジスタは感度が小さい一方で光挿入損失が大きく,光回路のモニターとしては適していなかった。
研究では,シリコン光導波路上に,インジウムガリウム砒素(InGaAs)薄膜をゲート絶縁膜となるアルミナ(Al2O3)を介して接合した導波路型フォトトランジスタを開発した。
シリコン光導波路をゲート電極として用いる構造を新たに提唱したことで,InGaAs薄膜直下からゲート電圧の印加が可能となり,InGaAs薄膜を流れるドレイン電流をゲート電圧により効率的に制御能となった。ゲート電極にシリコン光導波路を用いることで金属による吸収を避け,光損失も小さくなる。
このフォトトランジスタは,光照射がないときは,ソース・ドレイン端子間で電流が流れにくいオフ状態となる。この状態でシリコン光導波路から光信号を入射すると,InGaAs薄膜で光信号の一部が吸収され,InGaAs薄膜中に電子・正孔対が多数生成される。
生成された電子はトランジスタ電流として流れる一方,正孔はInGaAs薄膜中に蓄積することから,トランジスタの閾値電圧が低くなるフォトゲーティング効果が発生し,トランジスタがオン状態になる。この効果を通じて光信号が増幅され,微弱な光信号の検出も可能となる。
波長1.3μmの光信号をシリコン光導波路に結合して,素子特性を評価したところ,631fWという極めて小さい光信号に対しても大きな光電流を得た。入射強度が小さいときは大きな増幅作用が得られることから,106A/W以上と極めて大きな感度が得られた。
フォトトランジスタの動作速度は,光照射時は1μs程度,光照射をオフにしたときは1~100μs程度でスイッチングし,光信号のモニター用途としては十分高速に動作することも分かった。
また,単位長さ当たりの光損失は0.2dB程度であり,素子長を0.5μm以下にすることで,挿入損失を0.1dB以下に低減可能。素子短尺化により高感度を維持しつつ,光信号にとってほぼ透明な光モニターが実現可能であることも分かった。
研究グループは今後,開発した導波路型フォトトランジスタを実際に大規模シリコン光回路に集積した深層学習アクセラレータや量子計算機の実証を目指すとしている。