筑波大学の研究グループは,TMDC半導体の一種であるWS2(二硫化タングステン)やWSe2(2セレン化タングステン)の励起子の動き(ダイナミクス)を1nmスケールの精度で可視化することに初めて成功した(ニュースリリース)。
遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)半導体は1層の厚みが原子3個分ほどしかないシート状物質で,高い移動度や高速な光応答などの特長を有する。TMDCから新たなデバイスを作製するため,励起子のダイナミクスを1nmの精度で捉えることが強く求められているが,これまで用いられてきた手法では数十nmの精度が限界だった。
研究では,三つの技術を組み合わせた新しい顕微鏡「時間分解マルチプローブ走査型トンネル顕微鏡法(STM)」を開発した。これらは,①複数の探針を用いて試料の電気特性を調べるマルチプローブ法,②原子スケールの空間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡法(STM),③100fsの時間分解能を持つレーザー技術,の3つ。
さらに,微弱な信号を計測できるようレーザー光学系を改良し,原子レベルの厚さしかない半導体中での励起子ダイナミクスを,1nmスケールで可視化することに世界で初めて成功した。
STMを超短パルスレーザー技術と組み合わせてTMDC単原子層に適用すると,光パルスにより瞬間的に生成した励起子が,さまざまな過程で動きながら消滅していく様子を捉えられる。研究では,TMDC半導体の一種であるWS2やWSe2に時間分解マルチプローブSTMを適用した。
まずは,励起子が緩和する過程をピコ秒スケールの時間領域で調べた。瞬間的に強い光パルスを照射した直後には励起子が高密度に存在している。この時,二つ以上の励起子が衝突して一方の励起子が消滅する「励起子―励起子消滅」という過程が生じる。
WSe2に照射するレーザー強度を変えることで,生成する励起子の密度を変えながら緩和過程の測定を行なった結果,密度が高いほど励起子の衝突頻度が大きいことが示され,STMを使って励起子のダイナミクスを初めて捉えることに成功した。
次に,WS2薄膜中に形成された数十nm周期のシワ構造を対象に,シワの場所に応じた励起子のダイナミクスの変化を調べた。その結果,頂上部の方が励起子の寿命が⻑いことを明らかにし,高い空間分解能で励起子のダイナミクスを検出することに初めて成功した。
この他,異なる結晶方位で成⻑した二つの島状構造がぶつかって生じた界面では励起子が消滅しやすく,その周辺数nmの範囲にわたって励起子の寿命の⻑さが変化していることも明らかになった。
研究グループはこの成果が,ナノメートルスケールで励起子を駆動する省電力情報デバイスの開発に大きく貢献するとしている。