東京大学の研究グループは,ナノダイヤモンド中の窒素空孔中心の磁場依存性の精密な測定結果を機械学習し,従来法よりも正確性の高い磁場イメージングに成功した(ニュースリリース)。
2008年に原子サイズであるダイヤモンド中の窒素空孔中心による高感度かつ高空間分解能な磁場計測法が提案されて以降,最近では窒素空孔中心を含むナノダイヤモンドの集団を膜状に散布するだけで磁場や温度のイメージングを行うシンプルな手法も登場している。
この手法は,ナノダイヤモンドの調達が容易で,任意の表面形状を持つ対象に直接適用できるが,散布時にナノダイヤモンドの結晶方位がバラバラになってしまうことで,そのセンサの信号から磁場を正確に推定することは困難だった。
研究グループは,カバーガラス上にナノダイヤモンド膜を生成し,ヘルムホルツコイルを用いてその磁場依存性を精密に調べた。蛍光顕微鏡を用いてナノダイヤモンド膜の発光強度測定を行ない,マイクロ波周波数に対するスペクトルを得た。
このスペクトルは電子スピンのエネルギーに対応しており,ダイヤモンドに印加されている磁場強度によって変化する。量子計測は,このスペクトルから磁場強度を推定することで達成できる。
先行研究では,ナノダイヤモンドが散らばった状況を考慮した物理モデルによってスペクトルをフィッティングして磁場推定が行なわれている。しかし,実験環境を完全にモデル化することは困難であり,物理モデルによって実際のスペクトルを再現することはできない。
そこで研究グループは,機械学習手法であるガウス過程回帰を用いることで,物理モデルを用いない磁場推定法を開発した。ガウス過程回帰は,入力データと出力変数を結びつける関数を求めるために利用される。
研究では,入力データ,出力変数をそれぞれスペクトルと磁場強度に対応させ,ヘルムホルツコイルを用いて精密測定したナノダイヤモンドの磁場依存性をトレーニングデータとして利用する。
得られた関数を利用し,トレーニングデータとして使っていないスペクトルをテストデータとして磁場強度を推定し,ヘルムホルツコイルで生成した磁場強度(研究では真の磁場強度と呼ぶ)と比較することで,この手法の正確性の検証を行なった。
その結果,真の磁場強度と整合する結果が得られ,従来法では不可能だった正しい推定精度の取得が可能になった。さらに,カバーガラスの代わりに半導体シリコン基板上にナノダイヤモンドを散布した場合にも同様の検証を行ない,従来法よりも磁場強度の正確な推定に成功した。
この成果は,ダイヤモンド量子センサを用いて高空間分解能かつ正確に磁場を推定する方法の一つを提示したものであり,局所的な磁場計測が必要となる幅広い分野の研究の発展に資するものだとしている。