名古屋大学と分子科学研究所は,炭素のメビウスの輪「メビウスカーボンナノベルト」の世界初の合成に成功した(ニュースリリース)。
グラフェンやカーボンナノチューブなどのナノメートルサイズの周期性をもつ炭素物質「ナノカーボン」が注目され,フラーレン,グラフェン,カーボンナノチューブの部分構造となる分子(分子ナノカーボン)が合成されてきた。
これらはトポロジーの観点から分類すると比較的単純な構造だが,研究グループは複雑なトポロジーをもつ分子ナノカーボン「トポロジカル分子ナノカーボン」を提唱し,結び目や絡み目といった複雑なトポロジーをもつ分子ナノカーボンを合成してきた。2017年には「カーボンナノベルト」と呼ばれるベルト状の分子ナノカーボンの合成に成功しており,この手法からメビウス構造を構築できる可能性が生まれた。
スーパーコンピュータを用いた量子化学計算によって,メビウスカーボンナノベルトにかかるひずみエネルギーの定量的解析を行なった。環状の分子ナノカーボンは,小さいほど合成の段階数が少ないものの,反応の難易度が上がることが知られている。
カーボンナノベルトは,ベンゼン環12個のものが最小の分子として合成できているが,メビウスカーボンナノベルトは,ひねりによってひずみがさらに大きくなるため,ベンゼン環 38個以上が必要であると推定された。
計算結果をもとに,メビウスカーボンナノベルトの合成を行なった。市販の有機分子フェナントレンを左右非対称に修飾する手法を新たに開発し,逐次的に炭素鎖を伸ばしていく合成手法が可能になった。既報の分子から合計14段階の有機合成を経て,ベンゼン環50個からなるメビウスカーボンナノベルトの合成に成功した。
合成したメビウスカーボンナノベルトから,メビウスの輪の形状に由来する特異な性質が観測された。NMR測定から,メビウスカーボンナノベルトに存在するひねり部分は分子全体をすばやく移動しており,全体として平均化された磁気的性質が観測された。
分子動力学シミュレーションにおいてもこの性質が再現され,ベルト状にも関わらず裏表の区別のない分子であることが確認された。また,メビウスの輪はキラリティをもつことが知られており,メビウスカーボンナノベルトについても,右ひねりと左ひねりを実際に分割しそれぞれの紫外可視吸収の円二色性を確認した。
この成果は,複雑なトポロジーをもった分子ナノカーボンの合成手法として革新的とする。研究グループは今後,さまざまな複雑でひずみをもったナノカーボン構造の精密構築に応用されることが期待されるとしている。