京都大学の研究グループは,層状化合物である二硫化モリブデン(MoS2)の層間にキラル分子を挿入した新奇な化合物「キラルMoS2」が,電流中のスピンの向きを同方向に揃える性質を持つことを明らかにし,同化合物を水の電気分解(水電解)における電極材料として用いると,酸素発生効率が大きく向上することを見いだした(ニュースリリース)。
水電解によって水素を製造するには,負極での水素発生反応に加えて,正極での酸素発生反応が必要となるが,従来の水電解では,この効率がボトルネックとなっている。
酸素発生反応を非効率化している原因の一つとして,過酸化水素(H2O2)の生成によるエネルギーロスがある。しかしながら,これまでに過酸化水素の生成を抑制し,酸素の効率的な反応を実現する明確な指針はなかった。
そこで研究グループは,電流中の”スピン”の制御に注目。酸素発生反応の主生成物である酸素はスピンが平行に揃った三重項,副生成物である過酸化水素はスピンが反平行に揃った一重項と呼ばれるスピン状態を持っていることから,電流中のスピンの向きを平行に揃えて水電解することが出来れば三重項状態である酸素が選択的に発生すると考えた。
研究グループは,”キラル分子”が持つ”キラリティ誘起スピン選択性”という現象に注目。これは,電流がキラルな構造を持つ分子中を流れることで,電流中のスピンが平行に揃うというもの。
研究グループは,酸素発生触媒として注目されているMoS2の層間にキラル分子を挿入することで,電流中のスピンを平行に揃える性質と酸素発生反応への触媒能を併せ持つ,新たな化合物「キラルMoS2」の合成に成功した。
キラルMoS2中におけるスピンを同方向に揃える性質(スピン偏極率)を調べたところ,この化合物を流れた電流の中ではおよそ75%ものスピンが同方向に揃い,スピンの向きを揃える性質で既存の材料を大きく凌駕することが分かった。
この化合物を,水電解における正極上に塗布したところ,酸素発生反応効率が大きく向上し,その効率はスピンを制御していない場合(キラルではない構造を持ったラセミMoS2の場合)と比べ,約1.5倍向上した。
実際に,副生成物である過酸化水素の生成量はスピンを制御していない場合に比べて70%以上抑制されており,電流中のスピンが同方向に揃っているという性質が過酸化水素の生成を抑制し,酸素発生反応効率を大きく向上させていることを明らかにした。
研究グループは,二硫化モリブデンに限らず,様々な電極や触媒にもこの原理が適用可能なことから,酸素発生反応効率向上の汎用的な指針となる可能性が期待されるとしている。