理化学研究所(理研)と高輝度光科学研究センターは,X線波長領域で回折限界に迫る次世代放射光光源における光の輝度の変動を,精密実験可能なレベルである1%以下にまで低減できる可能性を示した(ニュースリリース)。
建設が世界中で進められている次世代放射光光源では,シャープで良質である「エミッタンス」の低い電子ビームが用いられる。エミッタンスが小さいほど輝度は高くなるため,次世代放射光光源では電子ビームのエミッタンスを極限まで下げる必要がある。
しかし通常,光の波長などの特性の調整はビームラインごとに行なわれており,それにより輝度(エミッタンス)が不規則に大きく変化し,精密実験が困難になるという課題があった。
研究グループは,エミッタンスが大幅に変動する要因が,「放射減衰」の変動にあることに着目。電子ビームのエミッタンスは「放射励起」による振動振幅の増大と放射減衰による振動振幅の減少の動的平衡(釣り合い)で決まるため,放射減衰のみが変化すると釣り合うエミッタンスも変わってしまう。
次世代放射光光源の蓄積リングでエミッタンスが大きく変動する理由は,①蓄積リングを構成する偏向磁石の放射パワーが低く,挿入光源の放射パワーが相対的に大きい。②光の輝度を最大化するために,挿入光源設置直線部のエネルギー分散(エネルギーの違いにより電子の軌道が異なる現象)がゼロとなる条件(アクロマット条件)が課されている。の2つ。
そこで,独立チューニング時に挿入光源のパラメータが変化しても放射減衰だけが変わらないように,放射励起を同時に発生させるエネルギー分散をわずかに挿入光源設置直線部に導入し,相殺させることを思いついた。
研究グループは1996年,挿入光源設置直線部にエネルギー分散が存在する場合に,輝度に直結するパラメータとして,エミッタンスに代わり「有効エミッタンス」という新たなパラメータを定義している。
その物理模型を参考に,ランダムに変動する挿入光源のパラメータに蓄積リング一周の積分値に対応する平均化を施し,平均値の幅として独立チューニングを物理模型に取り込み,有効エミッタンス,すなわち輝度の変動が最小化するエネルギー分散の最適値を求める式を導出した。これにより,現実的な独立チューニングの範囲に対して最適なエネルギー分散を挿入光源設置直線部に設定するだけで,輝度変動が1%未満に抑えられる可能性が示された。
この方式を実際の蓄積リングに適用して検証した結果,エネルギー分散の最適値15mmにおいて,有効エミッタンスの変動が約0.5%と十分小さく抑えられていることが分かった。この方式は,基本的に全ての光源施設において適用可能。研究グループは,シンプルで安価,信頼性の高い輝度の安定化方式は,今後の標準となるとしている。