東北大学の研究グループは,これまで電場や磁場で構成されていた,電子ビーム集束用のレンズを,レーザーなどの強力な光ビームによる「光場」で実現する,新しい手法を発案した(ニュースリリース)。
可視光のビームで到達できるビームサイズがおよそ200nmであるのに対し,最高性能の電子顕微鏡では,0.1nm以下にまで電子ビームを絞りこむ。
このような極小のビームサイズを実現するには,電子レンズ装置で生じる「正」の球面収差を,収差補正器を使って適切に補正する必要がある。しかし,電場または磁場を利用した収差補正器は,非常に複雑で精密な構造をしており,最高性能の電子顕微鏡は1台あたり数~十億円と非常に高価になる。
研究グループは,レーザーなどによる「光場」を利用した,新しい電子レンズ装置を考案した。光場中を進む電子は,光強度の高い領域から弾かれる向きに,ポンデロモーティブ力を受ける。この力は,光ビームが対向して定在波を成す場合や,強く集光される場合に特に大きくなる。
研究グループは,光軸上で強度がゼロであるような,ドーナツ状の強度分布をもつ光ビームを集光し,電子ビームと同軸に配置する構成を提案した。これにより,ドーナツ形状の中央付近を通過する電子ビームは,ビーム軸方向に集束する向きに,光場から力を受ける。つまり,電子ビームに対して光場がレンズとして機能する。
研究グループは,ベッセルビームおよびラゲールガウシアンビームの2種類の典型的なドーナツ状光ビームを対象に,幾何光学にもとづいた解析を行ない「光場電子レンズ」の性質を明らかにした。
その結果,いくつかの近似を適用することで,焦点距離と球面収差係数を導く簡素な公式を得ることに成功した。また,この公式から光場電子レンズが,従来の電子レンズでは原理的に生じ得ない「負」の球面収差を発生できることが示された。
研究グループは,1nmの3次球面収差係数を有する典型的な電子レンズ装置に対して,導いた公式から球面収差を補正するような光場電子レンズの設計を行なった結果,焦点において,半径1nmであった電子ビームサイズを,0.3nmに縮小できることが示された。
この光場電子レンズを実現するのに必要な光ビームの出力を算出したところ,太さが10μmのラゲールガウシアンビームを用いる場合,要求される光パワーは287kWと,現代のレーザー技術で実現可能であると分かった。
この技術は磁場を利用した収差補正器と比較して,導入コストの点で大きな優位性が期待される。研究グループは今回の成果は,光場電子レンズを備えた高分解能の電子顕微鏡の開発につながるとしている。