理化学研究所(理研)と分子科学研究所は,単一分子内で生じる光から電気へのエネルギー変換を原子スケールで観測することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
光誘起電子移動(PET)は,太陽電池,光合成,光触媒において,太陽光エネルギーを変換する役割を担っているが,その機構は原子レベルでは解明されていなかった。
そこで研究グループは,原子分解能の走査トンネル顕微鏡(STM)と光学技術を融合させた装置(光STM)に波長可変レーザーを融合した装置を開発した。この装置で一つの分子から流れる微弱な光電流を検出するために,分子が光励起される効率が最大限高まるように二つの工夫を施した。
一つは,STM探針と金属基板の間の約1nmの隙間にレーザー光を照射して照射光の電場をナノスケールに集め,点光源として用いた。もう一つは,光のエネルギーを分子の励起エネルギーに調整可能な波長可変レーザーを光源として採用し,効率よく光励起できるようにした。
試料のフタロシアニン分子上にSTM探針を置き,レーザー光の波長(エネルギー)をフタロシアニン分子の励起エネルギー(1.8eV)と一致させ,レーザー光の照射を1秒ごとにオン・オフしたところ,レーザー光がオンのときに明確な電流増加が観測され,光励起された単一分子で生成される光電流であると結論づけた。
次に,STM探針の位置を分子上で平面的に動かし,電流値の2次元マップを計測した。その結果,レーザー光オフのときは明確な電流は観測されなかった一方,レーザー光をオンにすると,分子周辺に腹や節から成る対称的な分布が見られ,単一分子を流れる光電流経路を原子分解能で可視化に成功した。
次に,光電流が探針-金属間の印加電圧に受ける影響を調べるため,フタロシアニン分子内の異なる2点にSTM探針を置いて光照射下でのI-Vカーブを計測したところ,印加電圧の増加に伴い伝導方向が負からゼロを横切り正へ反転した。
反転が生じる電圧領域で光電流マップを計測した結果,反転が生じる際,正と負の反対方向の光電流が局所的に流れることが発見された。この結果は,光電エネルギー変換が生じない電圧においても,原子スケールで分子界面を制御することにより,光電流を取り出せる可能性を示す。
最後に光電流生成機構を解明し,STM探針の位置によって光電流の向きが変化する現象を説明することに成功した。
この成果は,分子界面を原子スケールでデザインすることで,エネルギー変換効率を制御できることを示すもの。開発した光電流計測法は,励起状態におけるさまざまな機能的エネルギー変換過程の根本的な理解の革新につながるとしている。