東大ら,水の軟X線発光スペクトルを理論的に再現

広島大学,スウェーデン ルンド大学,東京大学は,水の軟X線発光スペクトルを理論的に計算し,その温度依存性および同位体依存性を正しく説明することに成功した(ニュースリリース)。

液体の水の構造については100年以上の論争があり,長年,液体はランダムに水素結合が歪んでいるとする連続体モデルが優勢だったが,微小なスケールでは2種類の不均一構造が存在し,一方は氷に似た構造,もう一方は水素結合が歪んだ構造に分けることができるという2状態モデルの研究も数多くされている。

これは軟X線発光が複雑な散乱過程に由来するため,実験で得られたスペクトルからそのまま構造を決定することが困難だったため。したがって,軟X線発光スペクトルを理論的に再現することが急務だった。

そこで研究ではまずコンピューターシミュレーションで様々な温度の水の分子レベルのモデル構造を構築し,得られたモデル構造から部分的な構造を多数切り取り,分子中の電子の挙動を計算する密度汎関数法に基づく第一原理理論計算を用いて軟X線発光スペクトルの計算を行なった。

今回の研究では,実験で観測されている主要な2つのピークを理論的に再現することに成功。さらに,これら2つのピーク強度の温度依存性,同位体依存性を再現することに初めて成功した。この2つのピークは,液体の構造を議論するカギとなる1b1状態と呼ばれる水分子の結合性分子軌道に由来するもの。

実は分子軌道の電子を直接取り出して分析する光電子分光法では,液体の水の1b1状態は1つのピークとしてしか観測されないため,軟X線発光分光法で2つのピークが観測される理由をめぐって複数の解釈があり,混乱があった。

今回の研究によって得られたモデルは,軟X線発光スペクトルの解釈をめぐる15年来の論争を収束させるもの。つまりこの研究は,軟X線発光スペクトルの2つのピークが本質的に異なる水素結合様式から出てくるものであり,2状態モデルによる解釈が妥当であることを示している。

今回用いた手法は普遍的であり,様々な環境における水の構造論に応用できるという。水の中に2つの水素結合様式があるということは,そのサイズや生成消滅の時間スケールに応じて異なる物性を持つ水の状態が共存することを意味する。

そのため研究グループは純水だけでなく,界面,水溶液,高分子電解質中の水の構造とその機能に関する新たな議論も進むことが期待されるとする。例えば,界面の水の構造から人工血管などのバイオマテリアルや水処理膜の開発,電池の中の電解液の構造や新規電極材料の開発などに有用だとしている。

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