東京大学,物質・材料研究機構,理化学研究所,東京都立大は,アルゴン原子を用いてレーザーアシステッド(e,2e)を初めて観察した(ニュースリリース)。
原子や分子が高強度レーザー場中に置かれると,光の場によって原子や分子の電子密度分布が大きく影響を受ける,光ドレスト状態と呼ばれる状態が形成される。
原子や分子が光ドレスト状態にあることを実験的に示す手法として,レーザー場存在下における電子の弾性散乱の小角領域における散乱強度の増強があり,2015年に実際に観測がなされた。
ここで,原子や分子の電子密度分布が光によって歪められる様子が観測されたが,電子密度分布は原子や分子が持つ複数の電子波動関数によって記述される物理量であり,光の場によって原子や分子の電子波動関数自体がどのように歪められるかについても関心が持たれていた。
光ドレスト状態における電子波動関数の変化を実験的に明らかにする手法として期待されていた実験に,レーザーアシステッド(e, 2e)(以下LA(e, 2e))が挙げられる。これは,レーザー場中で原子や分子が電子衝撃によってイオン化される際に,散乱される電子とイオン化によって放出される電子のエネルギーの和が,レーザー光子エネルギーの整数倍だけ増減するという現象。
1988年に報告された理論研究では,LA(e, 2e)の1光子吸収過程の散乱断面積が,光ドレスト状態となることを考慮すると,考慮しない場合と比較して数倍増加するはずであるという予想がなされた。しかし,1光子吸収過程を区別したLA(e, 2e)の散乱断面積の観測は実験的に困難であり,理論予測から30年以上もの間,観測には至っていなかった。
研究では,高効率で電子衝撃イオン化を観測できる実験装置を独自に開発。電子衝撃イオン化によって発生する二つの電子を,2台の角度分解飛行時間型電子分析器で高効率に検出でき,従来の装置と比較して極めて高い捕集効率を達成した。
そして,高強度レーザー場中において入射エネルギー1keVの電子パルスをAr原子に照射し,電子衝撃イオン化を起こした後に発生する二つの電子のエネルギーおよび散乱角をコインシデンス計測し,LA(e, 2e)の1光子吸収過程の観測に世界で初めて成功した。得られた実験結果から,Arが光ドレスト状態を形成したことに起因する散乱断面積の増加を観測することにも成功した。
研究グループは,この成果によって,高強度レーザー場中における多電子系の原子や分子の研究が進展すると期待している。