理化学研究所(理研)は,数十億枚もの無機ナノシートを水中で協働させることで,繊毛運動のような輸送機能を示す波運動を実現した(ニュースリリース)。
生体内におけるタンパク質などの動的ナノユニットのようなシステムを人工的に実現することは,化学・材料科学分野における挑戦的な課題となっている。
酸化チタンナノシートは,厚さ0.75nm,横幅が数μmの二次元物質であり,表面に高密度の負電荷を帯びている。水中において,ナノシートの間には静電斥力とファンデルワールス引力が働き,これら二つの力が長距離で拮抗した結果,それぞれのナノシートが一定間隔を保ったラメラ構造が形成される。
研究グループはまず,このナノシート水分散液(0.5wt%)に強磁場を加えることでナノシートの一軸配向を行ない,単一ドメイン構造を形成させた。ナノシートは約420nmの一定間隔を保っていることから,鮮やかな構造色を示す。
この単一ドメイン構造において,数十億枚ものナノシートは互いに強く相関しており,磁場から取り出した状態でも長時間にわたる構造安定性を示す。そのため,この単一ドメイン構造に化学的摂動を与えることでナノシートが連動して集団的に動き,ナノシートの微小な動きが巨視的な動きにつながるのではないかと考えた。
酸化チタンナノシート間に働く静電斥力は,イオンを加えることによって遮蔽され,ナノシート間距離が縮まる。そこで,ガラス容器(40×10×1mm3)に入っているナノシートの単一ドメイン構造の片側から代表的なイオンである塩化ナトリウム水溶液を導入したところ,イオンの拡散に伴って巨視的な波運動が発生し,反対側に向かって一方向に伝播するのを観察した。
構造解析したところ,波構造においてナノシートが正弦波状に配列していることが明らかになった。まず,ナノシートの配向に由来する正弦波状の断面構造が観測され,次にナノシートの波構造は三次元的に高い秩序性を保っていることが明らかになった。
さらに,波構造の形成メカニズムのほか,波の精密制御にも成功しており,容器の厚さを変えることで波のピッチの制御を,用いるイオン濃度を変えることで波の速度の制御を可能にした。このナノシートに10μmのマイクロ粒子を加えたところ,波と同じ速度で一方向に輸送されることが明らかになった。
研究グループは,この成果について,精密機械のような動的システムを構築するための新たな設計指針になるとしているほか,無機生命体のへの手掛かりにもなるとしている。