京都大学と東京工業大学は,冷却原子を用いた新奇な量子輸送系を確立した(ニュースリリース)。
微細加工技術の発展により,量子ポイントコンタクトと呼ばれるナノスケールの隙間を有する伝導体が作製可能となり,量子ポイントコンタクト系での輸送現象を極低温に冷却した原子集団を用いて,電子の動きを「シミュレーション」する研究が盛んに行なわれている。
近年のレーザー技術の発展により実現可能となった,数十ナノケルビンまで冷却された原子集団は,量子状態を長時間維持し高精度に制御することができる。この高い制御性を活用し,冷却原子系で量子輸送現象を研究する分野はアトムトロニクスと呼ばれる。
研究では,従来の手法とは全く異なる「人工次元」というアイデアを用いて,新しいアトムトロニクスのプラットフォームを確立した。人工次元とは,スピン(アップスピン・ダウンンスピン)を電子系の空間自由度(左側・右側)に対応付ける考え方のこと。したがってこのシステムでは,スピン状態の時間変化は左側から右側への輸送とみなすことができる。
このような,電流ならぬ「スピン流」は局在する別の電子軌道をもつ原子によって誘起される。スピンをもつ原子をS軌道原子,スピン流を誘起する原子をP軌道原子とすると,S軌道原子のスピン状態を量子力学的な重ね合わせ状態で用意した場合,局在P軌道原子と衝突すると,別のスピン状態に変化する。
つまり,P軌道原子はスピン流を生成するので「量子ポイントコンタクトの原子バージョン」と呼ぶことができる。研究ではS軌道原子,P軌道原子を2種類の光格子を用いて閉じ込める。こうすることでS軌道原子は1次元空間を自由に動き回り,P軌道原子は3次元的に局在するようなシステムが実現できる。
この実験条件のもとで,P軌道原子によるS軌道原子のスピン状態の時間変化を観測することに成功した。この測定結果からスピン流はオームの法則に従っていることが分かり,この人工次元系での輸送現象の基本的な特性を明らかにした。
また,P軌道原子数,磁場の大きさ,スピン状態を変えることでスピン流が制御できることを実証した。さらに,実験で使用しているイッテルビンム原子の高いスピン自由度を活用することで,これら2スピン状態間量子輸送系から拡張して3スピン状態間量子輸送系の実現に成功した。
この研究は,人工次元を活用した新しい量子輸送系を実現し,アトムトロニクスという分野に新たなプラットフォームを提供するもの。研究グループは今後,人工次元を駆使することで,従来の方法では実現の困難な量子輸送現象が観測できると期待している。