東京大学の研究グループは,電子型強誘電体である有機分子性固体TTF-CA(tetrathiafulvalene-p-chloranil)において,EMV結合を持つ分子内振動モードを中赤外光で強く励起することによって,イオン性の強誘電状態を中性の常誘電状態に転換することに成功した(ニュースリリース)。
近年,中赤外領域に存在する振動モードを光励起することによって,物質の電子状態を制御する試みが行なわれている。電子系と強く結合した振動モードを光励起すれば,効率的な電子状態の制御が期待される。
有機分子性固体の中には,電子-分子内振動(Electron-molecular vibration: EMV)結合を介して,分子間の電荷移動と連動する分子内振動を持つ物質が存在する。このような分子内振動を中赤外光で強励起すると,分子間で集団的な電荷移動が引き起こされ,物質の電子状態が大きく変化する可能性がある。
研究では,電子型強誘電体である有機分子性固体TTF-CAを対象とした。TTF-CAでは,TTF分子やCA分子の伸縮振動モードが分子間の電荷移動と強く連動する。
まず,研究グループが開発した,位相安定な中赤外パルスと時間幅10fsの可視極短パルス光を用いたサブサイクルポンプ-プローブ分光法をTTF-CAに適用して,分子内振動励起による電子状態変化を調べた。
4MV/cmの電場振幅を持つ中赤外パルスを照射すると,プローブ光の反射率変化に顕著な振動が現れた。プローブ光の光子エネルギーは,分子価数の変化によってその強度が敏感に変化するTTFの分子内遷移のエネルギーに対応する。そのため,測定された反射率変化は,分子価数の変化を反映したものと考えられるという。
中赤外光の光子エネルギーは,二つの分子内振動モードに共鳴している。反射率変化に現れた振動構造は,その二つの振動モードの強制振動として再現できた。これは,中赤外光による分子内振動の励起により,EMV結合を介して分子間の電荷移動の振動が生じたことを示すもの。
また,中赤外ポンプ-第二高調波プローブ測定の結果から,分子内振動励起によって第二高調波の強度が約20%減少することが分かった。これは,分子内振動励起によって,イオン性の強誘電状態の約10%が中性の常誘電状態に転換したことを示す。このような転換が生じるのは,EMV結合を介して分子価数が大きく変調された結果,イオン性状態と中性状態の波動関数が混成したためと考えられるという。
研究グループはこの成果について,有機分子性固体の新しい電子状態制御法として活用できると期待されるものだとしている。