物質・材料研究機構(NIMS),京都大学,早稲田大学,豊田理化学研究所は,新たに光電子分光データから人工ニューラルネットワーク(ANN)を活用して「自己エネルギー」と呼ばれる物理量を取り出す手法を開発し,高温超伝導解明の鍵となる引力の痕跡を発見した(ニュースリリース)。
低温超伝導体では,電子の運動の履歴を示す自己エネルギーから,超伝導状態の形成に必要な電子のペア(クーパー対)を生み出す引力の存在が実験的に証明された。しかしながら,銅酸化物高温超伝導体については,高い転移温度に見合う強い引力の痕跡が長年見つかっていなかった。
今回,研究グループは,理論方程式(エリアシュベルグ方程式)を用いて実験データを再現し説明する従来の方法に代わって,あらゆる関数を表現できるANNを用いた機械学習を考案し,銅酸化物高温超伝導体について,実験データを精密に再現する2成分の自己エネルギーを決定することに成功した。
自己エネルギーには「正常成分」と「異常成分」の2成分があり,後者に引力の痕跡が含まれていることがわかっている。しかし,光電子分光実験を始めとするほとんどの実験では,特定の運動量とエネルギーを持つ電子がどれくらいの頻度で固体中に存在するかという1成分の情報のみしか得られない。
そこで今回,銅酸化物についての1つの光電子分光データから,足りない情報を普遍的な物理法則で補って人工ニューラルネットワークを最適化し,自己エネルギーの2つの成分を決定した。
得られた自己エネルギーの解析から,2つの成分に現れる強い電子間の散乱(正常成分)と強い引力(異常成分)の影響が,実験データでは見かけ上相殺するために隠れてしまい,引力の痕跡が観測されなかったことがわかった。
また,異常成分のさらなる解析から,強い引力が低温超伝導のような原子振動では説明できないことがわかった。これら成果は,高温超伝導の起源を解明する重要な手掛かりになるものだという。
研究グループは今後,今回開発した実験データ解析手法を様々な物質に適用し,より高い超伝導転移温度を示す物質の設計に活かしていくことを目指す。
また,これまでANNが活用されてきた機械学習では,多数のデータによる学習から未知のデータ予測を行なうことが主流だった。今回得られた成果を嚆矢として,少数データから隠れた物理量を抽出する機械学習観測手法の確立を目指すとしている。