理化学研究所(理研)と東京大学は,鉄系超伝導体がナノメートルスケールの電子のうねりを形成することを発見した(ニュースリリース)。
強相関電子系と呼ばれる物質群では,固体中の電子が互いの運動に強い影響を及ぼしながら特殊な空間パターンを示すことがある。強相関電子系に特有な性質は,この電子の空間パターンから理解することができる。
これまでの研究から,強相関電子系の一つである鉄系超伝導体では電子の持つスピンや軌道が秩序することが知られている。この秩序状態は電子の集団が自発的に一軸異方性を示す「ネマティック秩序」と呼ばれており,鉄系超伝導体において普遍的に観測される。
ネマティック秩序は,電気伝導,磁気特性,超伝導状態などに異方性をもたらす重要な物理現象だが,その起源となる電子の空間パターンは明らかになっていなかった。
これまで,マイクロメートルの精度をもつ光学顕微鏡や,サブナノスケール(オングストローム)に特化した走査型トンネル顕微鏡によりネマティック秩序が可視化されてきた。しかし,両者の中間であるナノメートル〜数百ナノメートル領域は観測に適した手法が無かった。
研究では,レーザー光電子顕微鏡装置を用いて,鉄系超伝導体 BaFe2(As1-xPx)とFeSeのネマティック秩序に対して線二色性イメージングを行なった。ネマティック秩序を示す電子の空間分布は,バンド構造に現れる電子軌道の異方性を指標にして調べることができる。光電子顕微鏡は,バンド構造の変化をナノメートル程度の高い空間分解能で調べることができる。
その結果,試料表面を覆う最も細かい構造でも波長が500nmにおよぶ正弦波状の電子のうねりを見出した。鉄系超伝導体のネマティック秩序では,電子と結晶格子がともに異方性を示す。
結晶格子はドメイン構造を示し,その切り替わり(ドメイン壁)は原子レベルの5nm以下で,矩形波的な空間パターンとなる。一方で,今回観測した電子軌道の空間変調はそれよりも100倍程度大きな空間スケールを示した。
従来の物性理論では,固体は構成する電子と結晶格子の結びつきのため,電子の空間パターンも格子と同調して変化すると考えられてきた。しかし,観測されたうねりは波長500nm超の正弦波を示し,結晶格子の示す5nmの矩形波とは異なる。
この要因として,電子間に働く未知の力があるとが考えられる。これはネマティック秩序の本質に迫る発見であり,新たな物性理論の枠組みを必要とするという。研究グループはこの成果を基に,ネマティック秩序を示す他の強相関電子系への研究展開が期待されるとしている。