岩手大学とファインセラミックスセンター(JFCC)は共同で,JFCCが独自に改良してきたナノスケールの電位観察手法である電子線ホログラフィーを用いることで,有機ELデバイス内部に形成された電位分布を定量的に直接観察することに成功した(ニュースリリース)。
有機ELは長寿命化など更なる性能の向上が望まれている。そのためには,デバイス内で電子が流れる「原動力」となる電位分布を計測することが重要だが,LED照明のような従来型の無機半導体を用いた発光デバイスと比べ電位分布が複雑であり,発光メカニズムの詳細は明らかになっていなかった。
今回,有機EL試料の観察に用いた電子線ホログラフィーは,透過電子顕微鏡(TEM)技術の一つであり,ナノメートル領域の電位分布を定量的に観察できる特長がある。
この手法は入射電子線の干渉性を上げるためにできるだけ電子線を拡げた低い照射密度の条件で観察するため,通常のTEM観察よりも試料への電子線ダメージを抑えることができるという。そのため,一般的に電子線に対して脆弱である有機材料の観察に有効と考えた。
さらに,より高い精度で電位分布を計測するため,JFCCが独自に改良を重ねてきた技術である位相シフト電子線ホログラフィーを用いた。これにより,1.8nmの空間分解能と0.01Vの電位検出感度を実現し,シャープな電位分布像を得ることに成功し,ナノスケールでの電気的特性を詳細に明らかにした。
これにより,有機EL試料の層内に生じる電位分布を観察することができた。これらの電場が形成された要因について考察し,①α-NPD層内での正孔の蓄積,②α-NPD/Alq3界面での電子の拡散,③Alq3の電気的偏りによって,電子および正孔が蓄積し,電場を形成していることを示した。
他の手法を用いたこれまでの研究で,有機層内部の電場形成要因についての報告はあったが,今回の研究ではそれらが複合的に作用し,実際のデバイス構造とどのように対応するかを直接示すことに成功した。
さらに,計測された電場の方向と値は他の手法で計測された値と同等であり,電子線ホログラフィー計測による有機EL試料内部の電位分布計測が極めて有効であることも示した。
今後,TEM内でデバイスを動作させながら観察することで,発光前後やデバイスの劣化前後における電位分布変化を捉えることが可能になるという。研究グループは,これらの観察結果とシミュレーションの結果を効率的に作製プロセスへフィードバックすることで,より高効率・高寿命なデバイスを迅速かつ低コストで開発することに繋がるとしている。