国立天文台(NAOJ)は,人工知能(AI)の一つである深層学習(ディープラーニング)技術を利用し,観測から得られる暗黒物質の地図からノイズを取り除く方法を開発した(ニュースリリース)。
宇宙の質量の約8割は,電磁波では観測ができない正体不明の「暗黒物質」が占めていると考えられている。その正体を解明するためには,宇宙のどこにどの程度存在するのかという情報,つまり「暗黒物質の地図」を知ることが鍵になる。
暗黒物質は光を発さないが,その重力によって背景に存在する銀河の像がゆがめられる「重力レンズ効果」を起こすことから存在を知ることができる。この現象を使って銀河の像のゆがみ具合を測り,暗黒物質の地図を描き出そうという試みが,すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム:HSC)を用いて行なわれている。
しかし,暗黒物質の分布は,観測から描かれる暗黒物質の地図に含まれる多くのノイズに埋もれてしまっている。このノイズは,ゆがめられる前の銀河がどのような形状をしているのかが分からないことや,暗い銀河ほど形状測定が困難であることなどに起因している。
暗黒物質が特に集中している銀河団のような領域は別として,暗黒物質の密度が低い領域ではノイズの影響が大きく,観測データからだけでは暗黒物質の情報を正しく引き出せないことが指摘されてきた。今回,このノイズを取り除いて本当の宇宙の姿を描き出す試みを,観測,シミュレーション,人工知能(AI)を組み合わせて行なった。
このAIを安定して動作させるためには,ノイズを含まない暗黒物質の地図と,観測データに非常によく似たノイズを含んだ暗黒物質の地図とを大量に使い,AIを学習うさせる必要がある。
研究グループは,2万5000組にも及ぶノイズ無し・有りの模擬的な暗黒物質の地図の組み合わせを,天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いて作成し,これらの模擬データによって訓練されたAIに,HSCの観測データを入力して,ノイズを取り除いた暗黒物質の地図を作成することに成功。これにより,これまで観測だけでは調べることが難しかった暗黒物質の低密度領域,例えば質量が銀河団の10分の1程度の銀河群の調査が可能になった。
研究グループは,今後,現在HSCで行なわれているサーベイ観測の最終的なデータに,今回開発した技術を適用し,1400平方度に及ぶ暗黒物質の詳細な地図を描き出す。この地図をもとに,暗黒物質の正体に近づくことが期待されるとしている